小川ホルモンと救沢念仏剣舞

何年か前、岩泉町小川(こがわ)の岩泉町歴史民俗資料館に関わる方から、
「小川にはかつて鉱山があって人口もずっと多かった。働く人たちがホルモン鍋を食べた影響でホルモン鍋は小川の郷土食になってるんだ。これで地域おこしをしたい」と熱く語られたことがありました。
その後、「こがわ炭鉱ホルモンまつり&産直市」がスタートすると上々の手応えがあり、今年は4回目になるはずでした。

よく晴れた日、盛岡市の社会福祉協議会によるボランティアバスを利用して、小川地区へ行きました。
床下浸水したおうちへ行き、家の一部の床板をはがしてその下の泥をかきだすという作業でした。
床板をはがすのは技術と経験(と力)のいる作業ですが、ボランティア経験の豊かな方がチームにいてきぱきと指図してくれました。
私が参加したチームでは、岩手在住の方のほか、岩手出身で関東圏の大学にいて夏休みなので参加した方、横浜から来た方がいました。また聴覚障害者の方が一人で参加していらしてその勇気に感じ入りました。
おうちの方がわたしたちに気を遣って下さるので恐縮してしまいます。
「しばらく水も電気も来なくて大変だった。あの川が地面の高さまで上がって来たんだから」とおうちの方が説明してくれました。水位は下がったものの水がまだ濁っています。
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この方は、小川の門地区に伝わる救沢(すくいざわ)念仏剣舞の踊り手だったそうです。
2009年、門小学校の校庭で行われた岩泉町郷土芸能祭に出演した救沢念仏剣舞。
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「私も60才まで踊ったよ」とおっしゃっていたので、あるいは私はこの方の踊りを見ていたのかも。
岩泉町の郷土芸能祭は各地区持ち回りです。
昨年も会場は門小学校でした。そのときの救沢念仏剣舞です。
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鳥兜が新しくなっていました。中学生に指導して踊り手を増やし、はつらつと踊っていました。
剣舞の衣装道具などに水害の影響はなかったのですが、長年指導をされてきた方が高齢のために関わることが難しくなり、念仏の歌がけなどにも不安が生まれてきているとのこと。
毎年8月16日には救沢の墓所近くの公民館でお盆の奉納をしているそうです。
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「10月のホルモンまつりが中止になってすごく残念。小川のホルモン鍋はね、ピリ辛が特徴なの。店によって少しずつ味が違うけど私は○○マートのが好き」とおっしゃっていました。
小川ホルモンまつり、来年は2倍盛り上がりますように!

帰りに寄った「道の駅三田貝分校」で、岩泉町「かぎや」の麹を買いました。
あま〜い甘酒が出来ましたよ。
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盛岡市のボランティアバスは予定を延長し、9月末まで運行されることになりました。
バスでとなりの席になった方は幼稚園と小学生のママさんでした。「岩泉の知り合いからおいしいキノコを送って頂いた直後にこんなことになって」。現地に直接行けるボラバスはありがたいですね。
今後の予定など詳細はこちらからどうぞ→ 

岩泉町小川支所の職員の方のお話を聞いていると、住民の方をよ〜く把握されていることが伝わって来ます。盛岡市の社協、県の社協の方との間にもしっかりとつながりが出来ているのを感じて心強く思った日でした。

 by.事務局MA
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by torira | 2016-09-24 21:59 | 台風10号 | Comments(0)

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