始末の仕方

 久慈市枝成沢の虫まつり。参加者一同は小学校に集合し、ワラ人形をつくります。小さめのワラ人形を棒の先につけたものが、参加者各自の持ち物。小学校のすぐ下にある「枝成沢神社」で神事を終えると、笛・太鼓・手ビラ鉦の囃子とともにスタート。途中で休憩をはさみながら河原まで歩きます。河原には結界が用意されており、そこでワラ人形を焼いて、解散。それぞれ小学校にもどって、あとは飲み食いです。
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 このテのおまつり、ワラ人形なりハタなりをもって歩くわけですが、最後にどう処理するかがポイントです。枝成沢では焼いていますが、各地の例をきいてみると、「川に流す」「集落の端までもっていって、そのまま放置する」「放置したやつは次の集落の人たちがもっていって、さらに次の集落にひきつぐ」など。中には「以前は川に流してたけど、いろいろ問題になるので、今は焼くようにしている」というところもあります。少なくとも、南部藩領では、最後に焼くという例はあまり多くなかったようです。
 現代的な感覚からすると、害虫なり疫病なりを祓うのであれば焼いたほうが呪術として強そうかなあという気がしてしまいます。しかし様々な行事を見るうちに、「流す」という感覚が根強くあるんだなあということが実感されてきました。
 そこらへんのことは冊子とりら第2号「盛岡および周辺の『七夕』『虫まつり』『厄病まつり』」にも書きましたので、どうぞご覧下さい。

 by げんぞう

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by torira | 2010-06-27 21:19 | 儀礼・習俗 | Comments(2)

Commented by ぜんまい at 2010-06-28 06:15 x
盛岡市内のお宅で、ワラ人形を玄関先にくくりつけているのを見たことがあります。出所は不明ですが、処分のタイミングを計りかねているのか、そのお宅の厄除けなのか、だいぶ年季のはいったものでした。
Commented by げんぞう at 2010-06-28 21:18 x
玄関先って何か不思議ですね。
しかし考えてみると、人形って、そこに置かれるまでのプロセスを知らない者にとっては、ナゾなもんです。

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