しあわせの黄色いハチマキ
2009年 05月 22日
つねづね県北の神楽の皆さんの鉢巻が黄色いのをふしぎに思っておりました。
きりりと締めたハチマキは白いもんだと思っていましたので。
青森県では明治19年(1886)にコレラが大流行しました。
八戸の湊から上陸したコレラ菌は猛威を振るい、「神仏祭礼ならびに劇場、相撲、寄席その他集会は禁止」。通りを歩く人影も絶え、死体を運ぶ馬車だけが往来する…。
その馬車をひく人は、コレラ除けに黄色い鉢巻きをしていたのだそうです。黄色い布=おそらく防虫作用のあるウコンで染めた布を神楽が鉢巻にしていたのでそれにあやかったか、神楽の方でこれ以降に鉢巻を黄色に改めたのかはわかりませんが、関係のあることだと思われます。
また、虎のように強い病気ということで、虎退治の扮装をさせた加藤清正に通りを歩かせて疫病退散を願ったとも伝えられています。盛岡周辺でも最近まで行われていた「コレラまつり」「疫病まつり」(「とりら」2号参照)の誕生もこの時期かもしれません。今だとさしづめ「インフルまつり」になるのでしょう。
画像は矢巾町のコレラまつりと、黄色い鉢巻の高屋敷神楽(一戸町)です。
by.事務局MA
きりりと締めたハチマキは白いもんだと思っていましたので。
青森県では明治19年(1886)にコレラが大流行しました。
八戸の湊から上陸したコレラ菌は猛威を振るい、「神仏祭礼ならびに劇場、相撲、寄席その他集会は禁止」。通りを歩く人影も絶え、死体を運ぶ馬車だけが往来する…。
その馬車をひく人は、コレラ除けに黄色い鉢巻きをしていたのだそうです。黄色い布=おそらく防虫作用のあるウコンで染めた布を神楽が鉢巻にしていたのでそれにあやかったか、神楽の方でこれ以降に鉢巻を黄色に改めたのかはわかりませんが、関係のあることだと思われます。
また、虎のように強い病気ということで、虎退治の扮装をさせた加藤清正に通りを歩かせて疫病退散を願ったとも伝えられています。盛岡周辺でも最近まで行われていた「コレラまつり」「疫病まつり」(「とりら」2号参照)の誕生もこの時期かもしれません。今だとさしづめ「インフルまつり」になるのでしょう。
画像は矢巾町のコレラまつりと、黄色い鉢巻の高屋敷神楽(一戸町)です。
by.事務局MA

by torira | 2009-05-22 13:10 | Comments(0)

