二戸の人形送り

f0147037_139552.jpgこちらは二戸市上斗米の中沢地区で毎年行われる虫追いまつりのお人形さんです。150cmほどの背丈があり、豊かな顔の表情までワラで表現されている“技の匠”を感じずにはいられない造形です。

 この中沢地区の虫追いまつりは、次の日程で行われるそうです。
 7月22日 蒼前神社にて 9時頃~ 人形づくり  13時30分~ 地区内巡回へ出発

 また、地獄の釜の蓋が閉まる?8月16日には、同じく二戸市内の福田地区において、次の日程で人形まつりが行われるとのこと。
 8月16日 高清水稲荷神社にて 8時頃境内集合 人形づくり  12時30分頃~ 巡回出発

 一口に「わら人形」といえど、そのお顔は人間と同じ十人十色。
 
 二戸市観光協会hpで紹介されておりますが、本来は観光行事ではなく、様々な背景があって地元の方々が続けてこられた厳粛なお祭りです。
 
 見学に行きたい!!という方。お社と地元の方々へのご挨拶をお忘れなく。

by.まめぶ
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# by torira | 2007-07-08 06:30 | 年中行事 | Comments(0)

東見前の七夕

 盛岡周辺では、武者絵などを描いた凸型の行灯を持って子供たちが歩く「七夕」という行事が各地でありました。
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 写真は、盛岡市東見前の七夕です。現在でも、例年7月下旬におこなわれているもので、
・「まーつり まーつり まーつりよー」と唄いながら歩く
・各家々を回る
・家の庭先で座敷系田植踊の中踊を簡単にしたような踊を踊る
・家々でお菓子をもらう
…というものです。
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 さんさ踊りに「七夕くずし」という演目があります。団体によって差はあるようですが、統一さんさで「ハラハラハラセ」とかけ声をかけながらケンケンをするやつが、それにあたります。
 東見前の七夕でやっている踊りは、やはりそれと同じような動きが入っており、おそらく、さんさ踊りがこれを取り入れたんじゃないかなあと私は思います。

 一方、国道4号線をはさんだ盛岡市西見前では虫まつりという行事も続けられています(今年はどうなったんだかよくわかりませんが)。西見前では以前は七夕もやってたらしく、わりと近い時期に立て続けに似たような行事があったことになります。

 by げんぞう
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# by torira | 2007-07-07 17:06 | 年中行事 | Comments(1)

七夕って何?

明日は七夕。
と言ってるのはマスコミと保育園・児童センターだけだと思うけど。
東北じゃ8月7日ですよねやはり。

中国から入った、牽牛・織女の伝説とそれにかけた裁縫の上達を願う乞巧奠の風習が、日本の棚機津女(たなばたつめ)の信仰と習合したのが七夕だそうです。

しかし盛岡周辺の神楽の演目にある「七夕」は、これとは少し違う話です。
古代中国の王、高辛氏の子供が7月7日に亡くなり、悪霊となってマラリアを蔓延させたため、生前の好物であった索餅(一種の麦餅)を供えて鎮め慰めた、という伝説によるのです。
七夕にそうめんを供えたり食べたりする習慣があるようですが、ことのおこりはここからと物の本に書いてありますなあ。
うちじゃそんなことしなかったけど、そうめんは好きです。

この中国由来の伝説は、江戸時代の本草学者、貝原益軒の「日本歳時記」にあるそうですが、さらにその原典は中国の「続捜神記」らしい。
となるとちょっと落ち着かない気分です。
「遠野物語」で有名なオシラサマ伝説のもととなるのではないかと言われている話が「捜神記」にあるからです。
しかし、全国的にメジャー?なオシラサマと違い、昔はいざ知らず今ではあまり知る人もない高辛氏がらみの七夕伝説がなぜ盛岡周辺の神楽のみにあるの・・・?
さらに高辛氏の奥さんには、八犬伝の発端の話=犬がお姫様のために手柄をたてて結婚してしまうというアレ、の基となった話がからんできます。

「七夕」を今も演じているのは、盛岡市の八ツ口神楽だけです。
見られるのは、9月5日市内太田の熊野神社のお祭りにて。
高千穂神楽のとある所作と同じ部分があるのが興味深いです。

by.事務局MA
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# by torira | 2007-07-06 21:46 | 年中行事 | Comments(0)

肥料のお話Ⅱ

一昨年、大野村(現洋野町)で伺ったお話です。

●高さ80cm程度のゲスタガ(※タガが外れるの「箍」で押さえた容器のことです)に、水でゆるめたボッタを入れ、2人で担いで稗畑へ運ぶ。これをフリオケ(桶)に小分けにし、ボッタフリといって土に撒いていく。ボッタは稗の場合には種と混ぜ合わせて撒くが、イモと大根の場合は上にかけた。
…ボッタとは文脈からお分かりのように「人糞」のことです。自然環境の厳しい県北部の主食として欠くことのできなかった「稗(ヒエ)」。このヒエの栽培の歴史の中で培われた方法~粒の細かいヒエを効率良く均等に播く方法が「ボッタフリ(ボッタ播き)」だったのです。
 女性も従事していたといいますが、高さ80cmの容器に入った人糞の重さはいかほどだったのか…。頭が下がります。
 また、これとは別に男性のみが屋外に設置したタメツボ(壺)に尿を集め、肥料にしたとのこと。タメツボは穴を掘った地面に埋め、その周りを板で囲い、屋根を付けておいた…つまりはトイレットです。
 古き時代の農業雑誌などを手にすると、便器の穴が二手に分かれたものなどが「画期的な発明」と銘打って紹介されていたりしますが、一口に「下肥」といっても実際には栽培食物により色々と用途・調合が分かれていて奥が深い。

 場所は変わって東京の都市近郊地域では、都市部で大量に回収される人糞を運ぶ「糞船(クソブネ)」なる船が江戸川を近年(といっても戦争前後のお話)まで繁く往来していたとのこと。
 江戸川といえば花火、花火といえばキレイ…岩手に生まれ岩手に住む私にはその程度の認識しかありませんが…。かつては要所に船着場があって、糞船が着くとリヤカーでブツを土手に引き上げ、各自2斗(30kg)の下肥が入るタゴ(蓋付の木製容器)2つに取り分けて天秤竿にぶら下げて田んぼ近くの溜め小屋まで運んだといいます。
 総重量60kg。この搬入仕事は女性が従事することもあったといい、「すごい重労働」と驚くと、「だってやらなきゃならなかったんだからしかたない」と笑いながらの回答。
 ・・・果たして自分がその立場にあったら・・・根性がないので確実に夜逃げしていることでしょう。

 ちなみに、華の東京。あちらの下肥は回収する場所や家により値段の高低があったとかなかったとか…。
 いわゆる「遊び」の空間から回収されたブツは良いモンを食べているから商品のクオリティーが高いとか、糖尿病を患っておられる方がいる家庭の商品は船で搬送する途中で発酵が進み蓋を弾き飛ばす勢いで発泡、周囲に散乱しエライ目にあった…などという江戸の粋(?)な小話を耳にしたことがあります。真偽のほどはわかりませんが、結論。

 下肥ってスゴイ。

by.まめぶ
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# by torira | 2007-07-05 00:30 | 昔のくらし | Comments(0)

花巻の宵宮

藤木大明神の宵宮の光景が新聞に掲載されておりましたように、今年も花巻市内各所において宵宮の賑わう季節を迎えました。

今回は昨年度の7月14日の花巻市内の様子をお知らせ。7月14日といえば八坂神社、一般にはお天王さんの名前で親しまれるお社の宵宮が行われます。

市内を通り抜けていると、ここにもお社があったのかぁというめぐり合わせがたびたび。
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↑こんな感じに高らかと幟(のぼり)があがっています。そして、鳥居をくぐると老若男女を問わず地元の方々が最寄り、和気あいあいと夏の訪れを楽しんでおられます。

もちろん、お社に参拝しご挨拶を済ませれば、あとは余所者という垣根もなく温かく迎えてくださいます。

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↑こちらは花巻の中心地に鎮座する八坂神社の様子。普段は見過ごしてしまうような小さいお社ではありますが、宵宮の日は煌々と明かりが灯り、絶え間なく地元の方々が参拝に訪れていました。

by.まめぶ
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# by torira | 2007-07-04 06:30 | 年中行事 | Comments(0)

白石神楽と八犬伝

 盛岡市上米内に白石神楽という神楽がありました。メンバーの多くが戦死したため、昭和20年代以降は舞われなくなってしまいましたが、庭元さん宅に残されている翁面の裏面には「上総國 神尾山 薬師 里見安房守 奉納翁面 出目元休写」と彫られています。意味はよくわかりませんが、そう書いてるというのは本当です。冊子「とりら」創刊号に写真が載ってますのでごらんください(宣伝かよ)。

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 出目元休はさておき、里見安房守といえば八犬伝だよな。というわけで、「南総里見八犬伝」を読んでます。分厚い本で全13巻だし古文だし、やめようかなあとも思ったんですけどね。それでも、ちょっと読んでみたら思いのほか荒唐無稽で挿絵もへんちくりんで、とりあえず読み進めてます。まあ読本ですから。
 「芸能とくらし」に関係なさそうですが、「庚申待ち」とか「牛の角突き」とか、案外それっぽいネタもあり。ただ、「神尾山 薬師」が出てくるかなあと期待しつつも、さっぱり出てきません。まあ読本ですから。

 by げんぞう
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# by torira | 2007-07-03 23:43 | 資料紹介 | Comments(0)

肥やし。

 冊子「とりら」創刊号に盛岡市上米内の「白石神楽」のことを掲載したので、冊子の完成品を神楽のニワモトさんの家に持っていきました。
 あらかた神楽のお話は取材しつくしたし、昔のくらしぶりのことも聞いたつもりでいました。が、農耕関連のことをきいてみたら、けっこう新たな話題が出てくる・・・。
特に、ジキマキ(肥やしと種子をまぜて蒔くやり方)についてきいたところ、白石でやっていた話に加えてこんな話も出てきました。

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(お話をきかせてくれたニワモトさんちの 中坪シロさん)


 外山とか藪川のほうさ行っておどろいたんだども、あっちでは女の人もやるんだなっす。若いオナゴがカスリを着て、立派な身なりをして、その人たちが振って(ジキマキをして)歩くのす。男たちはそこさ土よせてくって・・・。
 白石ではオナゴはやらなかったなっす。今だばゴム手袋だなんだっていうところだども、素手でやるもんだから、5日や10日は臭くてなっす。コビルだったって、臭くて。
 とにかく肥料はなくて、田んぼも馬の堆肥でした。ジャガイモ肥料がないから小さいのしかできなかったんだなっす。馬のコヤシも、エサで効き具合が違うんでやんすよ。コヌカだの豆煮たのだの喰わしてればそのコヤシは大した効くものだどもなっす、刈草ばり喰わしてれば効かねし。おらほでも種馬さはそうしたいいエサをかしてたもんだから、そういうコヤシはサイモノって、野菜にかけてやんした。

 by げんぞう
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# by torira | 2007-07-02 19:48 | 昔のくらし | Comments(0)

茅を抜くと・・・

引き続き「茅の輪」の話題。
紫波町の志和稲荷神社の茅の輪は、五月のお祭りのときにはもうすでに鳥居にすえつけられています。
上半期の厄落としということで、早々と出しているのでしょう。
で、まめぶ さんから紹介いただいたように夏越大祓式そのものは6月30日15時から行われたようですが、「その後は茅の輪はどうなるのか?」と思い、出かけてみました。
7月1日14時半現在です。
 ↓
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茅の輪くぐりの後、参拝者がお守りとして茅を抜いて持ち帰るという風習があるためか、骨組みだけとなっておりました。
それだけに、藤ヅルでつくった構造はよくわかります。

by げんぞう
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# by torira | 2007-07-01 20:49 | 年中行事 | Comments(0)

本日午後3時です。

 6月晦日の本日、盛岡の最寄りでは志和稲荷神社で午後3時より夏越大祓式が予定されております。ほかにも、大迫の田中神社も6月30日であったような。

 ついでに、県立博物館で紹介している携帯サイズの茅の輪のお守りをはじめとする、蘇民将来と牛頭天王さんとのおはなしに由来した全国の蘇民将来護符の展示は明日までとなっています。

 紫波は遠いなぁという盛岡北部のみなさま、博物館で何となく茅の輪をくぐった気分を想定して半年の災厄を祓ってみるのはいかがでしょうか。
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 ↑は花巻の幸田神楽さんの天王舞。とてもおもしろいです。そういえば、今年の6月14日はいつでしょう???
 
 話が逸れましたが、お守りのコーナーには岩手でおなじみの蘇民祭や和賀大乗神楽さんの「天王」の写真も紹介されています。
 大乗神楽さんの場合は、途中から中国の説話「淮南子」の太陽説話のモチーフがくっついていたりと、早池峰系と違うストーリーが展開されます。
 明日7月1日に花巻で実修される「大乗神楽の里に神遊ぶ」では、「天王」の予定はないようですが、いつかお目にかかれる日を(拝見したことがないのです) 心待ちに・・・。

 ちなみに、“牛玉宝印”札に目のない私。田んぼの畔などに棒が刺してあると近寄って確かめずにはいられない習性が身につき、気がつけば早や10年余。いまだに証明書以外に出会ったことがありません。

by.まめぶ
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# by torira | 2007-06-30 09:10 | 年中行事 | Comments(0)

夏越の祓

明日は6月30日。夏越の祓(なごしのはらえ)ですね。
神楽の人気演目「天王舞」は、一夜の宿を請うたのに邪険にあつかった巨旦将来に復讐する牛頭天王=スサノオの舞ですが、良いヤツ=蘇民将来の娘は「茅の輪パスをつけていればオッケー」と安全を約束されます。
ということは、この茅の輪はけーたいサイズだと思うのですが、神社で行われる茅の輪くぐりのその輪はとうてい持ち歩ける大きさではありません。
茅の輪はいつ大きくなったのでしょう?

・・とりあえず盛岡八幡宮の茅の輪を撮りに行こうと思い、チェックしてみたら、6月30日ではなく6月の最後の日曜に変わっていました。
そんなんでいいのか?

事務局MA
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# by torira | 2007-06-29 21:54 | 年中行事 | Comments(0)