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話をもる

~「帝童」に相当する山伏神楽の演目~
・「帝童(ていどう)」は、大乗神楽の演目のひとつ
・「帝童」は、通常のバージョンでは、特にストーリー性は見られない女舞
・「帝童」という演目は大乗神楽以外にはない
・「帝童」には、「おっかけ」と言われる道化が出るバージョンがある
・山伏神楽では、「年寿」もしくは「若子舞」という名称の演目で、「おっかけ」を含む場合がる
・一部の山伏神楽の「若子舞」では、「テイドウには・・・」という唄を連呼するものがある(中謡と別の場面で)
・「帝童」と「年寿」「若子舞」は、もとは同じものだと思われる
・ただし、「帝童」には、「年寿」「若子舞」ほど長い中謡はない

~「帝童」という語~
・山伏神楽の女舞,岩戸開の中謡,神おろしの謡などに、「テイドウ」の語が見られる
   (先述の、「若子舞」の「テイドウには・・・」という唄と別に)
・大乗神楽の唄・中謡には「テイドウ」の語はみられない
・一部の神楽では「テイドウさつさつの鈴の声」というフレーズになっているため、
  「『テイドウ』は鈴と関係ある語ではないか」と考えがち。だが・・・
・「テイドウさつさつの鈴の声」は、語句が脱落した一部の団体の場合のフレーズ
・より詳しいのは、例えば下記(盛岡市の大宮神楽の天女)
「拾二人の神楽男 八人八乙女 ていとふ六緒の調べのこえ さつさつの鈴のよそほへ繰合 しづしづと御はやし」
・これらのフレーズは“祈祷のための歌舞音曲をおこなおう”というような場面で用いられている
・歌舞音曲の種類と擬音を列記しているフレーズなので、「ていとふ」もその一種の何らかをあらわしていると考えられる
・和琴をあらわす「六緒」の前にあるので、和琴の擬音かもしれない
・雅楽で用いる打楽器の奏法に「帝(テン)」「図(ズン)」「百(ドウ)」などがあることから、これら打楽器の擬音かもしれない
・狂言「福部の神」に出てくる空也僧鉢たたきの歌に
「瓢箪ふくべに緒をつけて、をりをり風の吹く時はヒョラヒョン、潮瀬の風の寒き山野に、ていとう打鳴らし、三界を家と走りめぐる鉢叩きめが・・・」(※「でいどうと打ち鳴らい」とするものもある)
という一節があることから、ふくべ(ヒョウタン)を打つ擬音としても使われていたと考えられる

~女舞と音楽~
・女舞は見た目は美しいのだけれども、どうも意味がよくわからない
・しかしこまかく見ていくと、「天女」で「トリラトリラ」の語があったり、「若子舞」はじめいくつかの演目で「ていどう」の語が出てきたり、「桜子」で太鼓を打ちながらの舞があったり・・・表現の仕方は様々だが、女舞は何かと「音楽」を主題にしようとしているように思える
・翁舞でも神話モノの演目でも音楽がからんでくるものがあるが、少し位置づけが違う
・「女舞の意味」は「女舞と音楽」を考えたほうが見えやすいのかもしれない


・・・という、数年前のメモ書きを改めて見る機会がありました。
間を置いて目にすると、どうもこういったウンチク話というのは、「だから何なのか」という印象が先立ってしまいます。
積もった雪をひたすらヨコに移動するような感じとでも言いましょうか。
実際に演じられる「帝童」がすてきなだけに。
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 by げんぞう
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by torira | 2014-02-28 21:48 | 芸能 | Comments(0)

納豆あるところに芸能あり

発酵食品が好きです。
くさや、ふな鮓、イカの塩辛、酒盗、チーズ、豆腐よう、シュール・ストレンミング(食べたことないけど)。上記の食べ物を手にして困っている方は遠慮なく私にください。

そして納豆。最近の納豆は香りが貧弱でどうもいかん、と思っています。
臭くない納豆とか、においの少ないニンニクとか、どうして世の中はそんな虚しい味覚にむかうんですかね。臭い物バンザイ!

・・と思っているときに出会ったのが、奥州市江刺区岩谷堂の上餅田生産組合が作っていらっしゃる「まめにたっしゃで〜」という納豆。
うううなんと豊かな香り、深い味わい!しかし、江刺のスーパーと産直の2箇所でしか置いてないというので盛岡市民はなかなか買えません。
ちなみに、餅田といえば餅田鹿踊りさんにはとりら3号の表紙でお世話になりました。
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次に出会ったのが、同じく奥州市ですが水沢区の「すずらん納豆」
この納豆も江刺の「まめに・・」に負けず劣らずの納豆くさ〜い納豆で感激!これだよ納豆の美味さは。
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となりに並べたのは、西和賀町の「納豆汁の素」。これはペースト状の納豆と手づくりの味噌がまぜてあって、手軽に納豆汁が味わえるというすぐれものです。味噌は豆味噌らしくいい香りです。

水沢区のとなり胆沢区には南下幅念仏剣舞があり、こちらのメンバーのお一人にはいつもお世話になっています。日々の精進が読める彼女のブログはこちら

すずらん納豆を大量に買い込む東北本線南下の旅に出たいなーと思いながらむなしく日々はすぎゆく。
もっとうちから近いところで美味い納豆を手に入れたい。
ちいさな野菜畑」へ行って、その名もただ「納豆」というのを買ってきました。
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香りはちぃっと物足りませんが味は良い。
それもそのはず、材料となる大豆(南部しろめ)を作っていらっしゃるのは紫波町の農事組合法人「紫波ゆいっこの里犬草」という方で、昨年は『第41回 全国豆類経営改善共励会』の「大豆集団の部」で農林水産大臣賞を受賞なさっているのです。
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「紫波町の犬草ってどこだろう?」とチェックしてみたら、あの切れの良い踊りをする犬吠森(いぬほえもり)念仏剣舞の地元でありました。

紫波町は大豆の生産量が岩手県一なんだそうです。意外でした。
この「食と農の情報発信 紫波の食ナビ」が面白いです。
紫波町のよい子の給食を紹介する「今日の給食」ページがおいしそう。
今日27日はハヤシシチューだって!
紫波町産の牛肉入りとは豪勢な。私も紫波の小学生になりたい〜♪

 BY.事務局MA
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by torira | 2014-02-27 23:06 | たべもの | Comments(3)

笹のゆくえ

オソウゼンさんのご縁日。
参詣に来た方には笹とオフダが配られます。
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この笹については
「昔は、牛に食わせてた」
とのこと。
そういう話はよく聞くのですが、本当に食うんだろうか・・・と気になって尋ねたところ、
「食うんだっけ」。



そもそもは馬産の安全を祈る行事ながら、畜産の主力が馬から牛に移ってかなりの年月が経っています。
今ではすっかり牛を前提とした話になっているわけです。
が、いま現在はその牛を飼っている家も、この集落で
「1軒だけ」。
それでは、持って帰った笹はどうするのか。
「オフダといっしょに、神棚にあげたり」。

 by げんぞう
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by torira | 2014-02-25 19:45 | 信仰 | Comments(2)

さんさ踊りの今むかし

今のさんさ踊りは恐ろしいところまで行っていますね!
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先月末に行われた「もりおか郷土芸能フェスティバル」に行き、伝統さんさの一つ、清流会の若手〝わらべ連〟によるさんさ踊りを拝見しましたが、芸能としてのレベルの高さに度肝を抜かれました。
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振り付けが非常に複雑で華やかでありました。そしてフォーメーション(陣形)がどんどん変わる。それを小中高校生たちがきれいに踊り切るのです。

さんさ踊りは盛岡地方の盆踊りということになっていますが、ここでは、夏の宵に皆が三々五々集まってきて踊る・・という牧歌的なイメージからはるかに遠いところまで行っています。
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他の地域よりすぐれたさんさ踊りにしたいと考えたかなりの技術の持ち主が工夫をこらしたのでしょう。こんな芸能が来たら、そりゃあお花もはずもうというものです。

先日ある古本市で「紀元二千六百年記念 水分尋常高等小学校編 郷土教育資料」をふと手にしました。当初ガリ版刷りだったものを、1989年(平成元年)に紫波町の水分公民館が復刻した本です。

1940年(昭和15年)は、明治政府が定めた日本独自の紀元が2600年を迎えるとして、
戦意高揚と国民の精神の統合のために「紀元二千六百年の勅語」が出され、全国的なキャンペーンが展開されたのだそうです。
岩手県下でも「紀元二千六百年記念 」という副題を付けた郷土教育資料が、各地の小学校で制作されています。

戦前の芸能について何かわかるのでは?という淡い期待に反して、記述はほんの数行で終わっています。
「‥季節的なものとして、お盆を中心に若い男女のさんさ踊り(盆踊り)が方々で行われる。今は昔に比べて夜を徹して踊りつゞけるようなことはない。
 年寄り向けの物には念仏にちなんだ遊がある。農閑期を利用して隣近所の念仏仲間連中が一場に会して御詠歌和讃等を朗詠して終わり楽しく過ごす。
 この外、剣舞手踊りなどもあるが年々すたれて行くのは惜しい。」

いぜんは夜を徹してさんさ踊りを楽しんだってことですよね。
剣舞のことなんかももう少し書いておいてくれれば良かったのに!

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紫波町のお隣り、矢巾町の南矢巾さんさ踊りです。古風な衣裳が魅力的。でも踊るテンポはかなり速い。
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先の郷土教育資料では昔のお年寄りはみなさん念仏の心得があったということですね。水分地区は矢巾のすぐ南なのでここでも念仏が盛んだったのではないでしょうか。それが現れているのかな。。

それにしても「剣舞手踊りなどもあるが年々すたれて行くのは惜しい。」って、昭和15年ですでにそんなこと言われていたんだ。
ちなみに2014年現在、紫波町水分地区には剣舞は残されていません。紫波町全体を見ても残っているのは犬吠森念仏剣舞のみです。惜しかった。

 by.事務局MA
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by torira | 2014-02-24 21:54 | 芸能 | Comments(2)

今年の土沢神楽舞初め

花巻市東和町で行われた土沢神楽舞初、午後の部に行ってきました。
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狂言「江戸見物」は、流行語や人気キャラクターが登場する、わかりやすい脚色が施されていました。とりら会長がおばあさん役を!
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大償神楽の師匠さんは「これでいいのだ。あるていどの自由裁量があっていいのだ」とどっかのパパみたいなセリフでほめていらっしゃいました。

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その大償神楽は「天熊人五穀舞」を披露されました。

女舞「潮汲」。
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美しい所作の舞手はいったい誰??と客席では詮索が飛び交いましたが、なんと20代前半の若者が挑戦!

二月は如月ですが「水無月」もありました。
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あまり演じられない演目です。面を付けたまま(つまり、視界がとても狭い)で四人が所作を合わせる場面が多く、見かけより難しい舞なのだそうです。

この日は町内外からたくさんの神楽関係者が見にいらしていて、水無月の解説はそのうちの石鳩岡神楽の方にうかがったものです。神楽の若手が客席に多くて、何か新しい流れが生まれつつある感じがしました。

聞くところでは、午前中には女性の舞手による「普将」が演じられたとのこと!早池峰神楽一番の荒舞を若い女性が舞うなんて、信じられない!
あとで本人に伺うと「最初に神楽を見た時に『普将』に感激して、私もこれ舞いたい!って思って、やっと念願を叶えた」と言うのにはかなりびっくりです。応援したくなりました!

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権現舞。20代の太鼓で実力派が舞う、というこれも新しい展開でした。とりら会長の下舞が見られて満足満足。

神楽の若手と言えば、昨年秋、土沢商店街の名店「きのこのおいよ」で神楽と鬼剣舞とねぶたの好きな工作自慢の小学生に会ったのでした。
自作の権現様で舞って見せて下さいましたが、彼も土沢神楽の一員です。
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このまま育ってほしい才能です。

 by.事務局MA
 事務局MA
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by torira | 2014-02-22 15:38 | 芸能 | Comments(0)

さて

なんでこの画像を撮ったのだったか…
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 by げんぞう
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by torira | 2014-02-20 20:54 | お役立ち情報 | Comments(0)

高い芸能

もっかロシアで熱いスポーツの戦いが繰り広げられているところですが、より速く、より高く、というのは誰もが関心を寄せるところです。
今回は芸能とハシゴについてちょっとひろってみます。

もりおか歴史文化館では企画展「南部火消の世界~粋でいなせな男たち~」が3月9日まで開催中。
先日その一環で行われた梯子乗りを見てきました。
高さ7,8メートルあろうかという梯子の上でこんなことしたり。
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あんなことしたり。
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ちょっと怖いですよね〜。しかも土台は固定してないんです。トビで押さえてるだけ。
粋でいなせな南部火消伝統保存会の存在を初めて知りました。

遠野では暮坪(くれつぼ)虎舞が梯子を使います。
梯子に上ったササラスリがこんなことしたり。
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あんなことしたり(頭の血が下がる〜)。
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日清戦争に行った暮坪の方が戦地で習い覚えてさらに練り上げた芸能だそうです。
ここには大槌や釜石の虎舞につきものの和藤内はいません。相当する役は加藤清正ということになっています。

陸前高田市には梯子虎舞がいくつかあります。
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根岬の梯子虎舞は地上からの高さ約18メートルの梯子の上で、こんなことしたり。
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あんなことしたり。
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幕をかぶってるから足下なんかよく見えないんですよこれ。見てるこちらがハラハラします。
高さと度胸の金メダル!

 by.事務局MA
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by torira | 2014-02-19 23:05 | 芸能 | Comments(0)

滝沢市郷土芸能祭を見てきました

久しぶりに内陸の芸能を見に行きました。
滝沢市になって最初の郷土芸能祭。
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篠木神楽の子ども達の舞で幕開けです。
れまでと少し雰囲気が違って「やらされ感」がなく、楽しんで意欲的に舞っていました。親御さんがとても積極的なことが子ども達の関心につながっているそうです。なぜそういう雰囲気が生まれたのか、知りたいです。

近年復活された「三番叟」は、かなりこなれて来て見映えがしました。
さらに篠木神楽、今回は「狂言・つぶ拾い」を復活させました。
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妊娠中の奥さんが「ツブ(タニシのこと)が食べたい」と言うので愛妻家のダンナさんが奮闘するお話。今まで1つも見たことのない篠木神楽の狂言。復活はかなり意外でしたが、熱演ぶりに客席もわいていました。
神楽の方たちは、神楽の演目に変化をもたせるために狂言の復活は必須と考えていたそうです。

負けずに後継者育成に力を注いでいる川前神楽。
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川前神楽が伝承されてきた川前地区は、四十四田ダム建設のために一部を残して水没してしまいました。住民の皆さんはそれぞれバラバラに移住したそうです。

それはつまり、震災でバラバラになって暮らしている今の沿岸の状況とよく似ています。
そんな条件下で神楽を復活させることが出来たのは何故ですか?と伺ってみました。

川前神楽は元から特定の家系が中心となって携わってきました。移住後も親戚づきあいで顔を合わせる機会が少なからずあり、いつしか「またやるべぇ」となったそうです。血縁の力ですね。
また、川前地区の祭礼に奉納する機会はなくなっても、新築祝などの祝い事に神楽が呼ばれることが時々あったことが活動の継続になったということでした。
これは地縁によるものと言えるでしょう。

やはり身近なところで出演の場があることが重要なポイントの1つになりそうです。
しかし血縁・地縁による継承というのは、今回の震災で激変した沿岸各地にとっては参考にならないかもしれません。
かといって、支援としてイベントへの出演依頼などを計画しても、当事者は現地以外の場所だとメンバーの仕事の調整や経費の負担などがあってうれしいけどお断りすることもあるというお話を聞くことがあります。むずかしい・・。

午前の部は大沢田植え踊りで終わりでした。今年は台風被害などがないようにと祈ります。
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午後から用事があったので私の芸能鑑賞はここまで。

 by.事務局MA
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by torira | 2014-02-16 22:48 | 催しもの | Comments(2)

連日マリネ

岩手県では内陸部のアパートでもこういった風景を目にすることができます。
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 by げんぞう
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by torira | 2014-02-14 22:19 | たべもの | Comments(0)

梅若丸、北へ行く

梅若伝説と岩手の芸能、しつこいと言わずにおつきあいください。完結編であります。
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梅若丸とその母と芸能を司る神様の技芸天の三像を納めた梅若念仏堂@木母寺。

木母寺では梅若忌に大念仏が催されていましたが、残念ながら第二次世界大戦の影響などで大念仏そのものは廃絶してしまいました。
「隅田川文化の誕生」展の図録によれば、江戸時代は梅若忌(三月十五日、現在は4月15日)には大勢の人が集まって大賑わいだったことがわかります。

図録の「梅若伝説にまつわる民俗芸能と年中行事」の項を見ると、福島県西白河郡泉崎村には「梅若念仏踊」が継承されていて、梅若和讃を唱えて踊るとあります。
踊りは母と梅若丸と人さらいの信夫藤太に扮した踊り手が中心で、その他大勢もつくらしい。
盛岡周辺の大念仏剣舞とはだいぶ違った芸能のようです。この機会に「とりら」7号掲載「念仏剣舞の伝播と派生について」安田隼人さんの論考などもお読み頂ければ幸です。
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盛岡周辺の大念仏剣舞には、「隅田川」のストーリーに沿ったキャラや和讃はありません。
残念ながら梅若伝説が書かれた「大念仏のはじまり」を含む巻物を大切にしている、という部分にしか梅若丸との関連は見いだせないのです。このあたり、げんぞうさんのご指摘があてはまるのかもしれませんね。
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しかし岩手県の剣舞と梅若伝説のからみは盛岡周辺だけにとどまりません。
北沿岸部には梅若丸にからむ剣舞の由来を伝える団体が、しかも複数あります。

平成22年(2010)に宮古市教育委員会から出された「宮古の文化遺産」には、宮古市の旧新里村エリアの剣舞3団体の記事に梅若丸が出てきます。
そのうち、下刈屋大念佛剣舞の記述の一部を引用します。
「‥剣舞を踊る前に新発意(しんぽち)という役が述べる口上で、人買い商人に拐かされて隅田川のほとりで病死した梅若丸を弔うために、人々が集まって大念仏を催した回向踊りが剣舞の始まりといわれています。」(同書p.64)

田野畑村菅窪の、鹿踊りから早変わりする剣舞も梅若丸の口上を持っているらしい。注目したいのは、下閉伊郡の剣舞(あるいは鹿踊り)の団体に、「大念仏」という演目を持っている例がけっこうあることです。
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菅窪剣舞

おなじく田野畑村の甲地鹿踊りも、さきごろ盛岡の「おでって芸能館」に出演された際にうかがったところでは
「大念仏という演目を持っている。ナムアミダ・・と繰り返しながら輪踊りをするもの」とおっしゃっていました。はたして梅若の大念仏が北の土地にまで届いているということになるのでしょうか‥。

・・・どなたかこのあたりをもう少し調べて「とりら」に書いてくれませんか?

 by.とりら編集事務局MA
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by torira | 2014-02-12 23:20 | 芸能 | Comments(0)