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なっぱ。

きょう摺沢で
「これナズナ。いろんな色があるけどね」
といただいた野菜。

そのときは
「春先でもないのに珍しいなあ」
と思って、よく見ないでいただいのですが・・・。
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帰ってあけてみると、なんか自分が知ってるナズナと違う。
いわゆるペンペン草のロゼッタを想像してたもんで。

さて、これはおひたしにするのと漬物にするのとどっちがいいんでしょう。

 by げんぞう
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by torira | 2013-05-30 21:38 | Comments(0)

こたえ。

宮城県から岩手県、さらに青森県にかけて分布している「ケンバイ」。
語源について
「剣の舞だから」
「反閇(へんばい)が転じて」
といった説を耳にすることが多いようです。
折口信夫は
「勧盃(けんばい)」
という説を繰り返していますが、著名人の説の割にはあまり浸透していません。

芸能の名称については、それぞれいろんな説があります。
「“順逆踊り”だから“じんやく踊り”」
「“や!白い花!!!”が転じて“やすらい花”」
「“ひいふうみい”と数えるから“ヒフ”」
「“おう”というから“王の舞”」
・・・ふざけているわけではありません。
なんか、なぞなぞみたいなことになってますが、それぞれ実証的に論じられています。

で、長女Raekwonさんによるなぞなぞ「とびらのうしろにあるのはなんでしょう」
の答えは
「とかげでーす」。
それなら“とびらのかげにあるのは?”ってきいたほうがいいような気もする。
けど、やっぱり“うしろ”のほうが一ひねりあってイイのかなあ。
と、ブツブツ文句を言ったところ
「え。まあ。いいんだよ」
やっぱりふざけている。

 by げんぞう
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by torira | 2013-05-29 21:09 | 芸能 | Comments(0)

わかりますか

「なぞなぞです。
とびらのうしろにあるのはなんでしょう」
長女Raekwonさんが、どこかで聞きかじってきた問いをふっかけてきました。

それは“まだらじん”でしょう。
と答えたら、
「ちがいまーす」
と一蹴されてしまったのは言うまでもありません。
いや、でも常行堂で修二会の時に・・・ああ、なんかもういいや。
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で、オカアチャンの回答は
「とんぼ」。
これまた
「ちがいまーす」。
ホントだよな。
何をどうすりゃ「とんぼ」だっての。

 by げんぞう
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by torira | 2013-05-28 20:59 | お役立ち情報 | Comments(1)

今も海はつながっている

小田原市米神への旅、続きます。
米神には宿がないのでとなり町の早川に泊まりました。
早川駅のすぐ前の漁港をぶらっと歩いていたら、「米神」の文字が入ったこんな看板が。
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後でここが宿の方の職場だと知って嬉しくなりました。

小田原の海は、三陸に負けず劣らず豊かな海です。
かつて、毎日(毎日ですよ!)何万匹ものブリが捕れた米神漁場。
相模湾の漁業は定置網漁法が主で、「米神」の名は今でも定置網の代名詞のようになっています。

早川駅の近くには魚籃観音があります。
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岩手県民なら「ん?釜石大観音の親戚?」と思ったりしませんか?
あの釜石大観音が抱いている魚は、実はブリだってご存じでした?
こんなところにも、米神の海とのつながりを感じます。

早川の宿は若いご夫婦が営む小さな民宿です。
御主人はバリバリの漁師さん。キラキラ輝く新鮮な魚に歓声を上げました。
高級魚イトヨリやブランドになりつつあるアジ、背黒イワシとイカのお刺身。アジとイカの「なめろう」やキビナゴの唐揚げ、〆鯖はお手製です。
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アジの卵入りのアラ汁に並ぶご飯は小田原産米、デザートは自家製梅酒のシャーベット。
翌日の朝食も、自家製アンチョビを散らしたトマトサラダを始め、お魚+地元で採れた野菜や柑橘類(小田原はみかん栽培が盛んです)、お茶はお庭から摘んだハーブティ、などなどとてもすてきな食卓でした。

御主人はとにかく海が好きで好きで漁師になってしまった方。
お二人の出会いにも海がからみ、明るい室内には全国の浜で集めたという貝殻やガラスの浮き球などがレイアウトされています。生きたお魚までが泳いでいたりして、海に親しむくらしを楽しんでいらっしゃるのがわかります。駅のない米神の宵宮祭りに送迎して頂いたり等、大変親切にして頂きました。
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普通の住宅なので、親戚の家にお世話になるイメージのアットホームなお宿です。
お値段もお手頃。機会があればぜひどうぞ。

「海人の家 民宿くやま」
神奈川県小田原市早川3-16-22
TEL:0465-23-7455 電話予約のみ
泊まれるのは一組4名まで、基本は土~日の利用(他の曜日は要相談)。
神奈川県認定・農林漁業体験民宿


さて話はここからです。
私が民宿のご夫婦に、「じつは岩手県山田町にある絵馬に〝米神〟の地名があって…」と旅のいきさつを話し出すと、
山田町!?山田には漁師として一緒に働いていた知人がいますよ。震災の4ヶ月前に山田に戻られて、当初は心配しましたが、後で無事が確認できました」と目を丸くしながらおっしゃるのには、こっちも驚きました!!
まさかここで山田町の漁師さんとのご縁に出会うとは!
こんな偶然ってあるのでしょうか?
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御主人は、小田原市漁業協働組合に所属して定置網漁をなさっています。
魚の収量が安定し、収入面でも月給制で保証されているため若い漁師さんが集まっているそうです。
こちらの組合長さんのお話がとても面白いのでご一読ください。
小田原市 技人vol.8【定置網漁】高橋征人
これって、岩手でも若い漁業者が育つヒントにならないものでしょうか。

魚影の濃い相模湾は、実は1923年(大正12年)関東大震災の震源地でした。
相模湾周辺、特に米神ととなりの根府川では地震による大規模な山津波に加え、津波にみまわれて大勢が犠牲になったそうです。
鹿島踊りで太鼓を受け持った米神のMさん(今回の訪問をご紹介下さっています)も、当時のご先祖は被災の後、高台に移転し、今はその家をデイサービスに利用されています。

関東大震災で津波があったなんて、知りませんでした!
米神漁港に「津波注意」のサインがあったのはこれだったのです。

この海で網を引いていた岩手の漁師たちがいる。
昭和時代にも、平成の今も。
米神の海をのぞむ斜面には甘夏が実り、みかんの花が咲いて甘い香りがたちこめていました。
文字通りの「みかんの花咲く丘」でした。

※「ブリの森作りプロジェクト」の皆さんが米神の宵宮を紹介されていますので、こちらも参考になさって下さい。

 by.事務局MA
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by torira | 2013-05-26 12:55 | 東日本大震災 | Comments(0)

相模の米神で祭を見る

昨年秋に小田原市米神を初めて訪れたのは、わが山田町の山田八幡宮に掲げられている大漁記念絵馬に「相模米神」という地名があったことがきっかけです。
米神には山田八幡宮にあったのとそっくりな絵馬があり、山田の絵馬より2年古い、昭和14(1939)年の日付けが入っていました。
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    山田八幡宮の絵馬
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    米神八幡神社の絵馬

絵馬の奉納は米神のお祭りに合わせて行われたらしいとわかり、宵宮には鹿島踊りという芸能もあると聞いて、今年のお祭りをたずねてみたのでした。

鹿島踊りはその名の通り、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮が発祥とされていますが、茨城県だけではなく千葉県、東京都、神奈川県、静岡県の海沿いの町に数多く伝えられている民俗芸能です。

今回見た宵宮では、鹿島踊りはまずお寺に奉納に行き(お寺を通じて鹿島踊りが伝えられたと言われている)、米神八幡神社で踊り、最後には浜近くに立てられた祭幡のまわりで踊りました。
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鹿島踊りは、唄を中心とする念仏踊りのにおいのする古風な芸能でした。
今年の鹿島踊りでは、昨年お世話になった「のうかつ小田原」のMさんが太鼓です。色紙がたくさん飾り付けられています。
浴衣の上に紋付きの羽織を着て金色の幣束を持つ50才以上の方たちは「大頭(おおがしら)」と呼ばれ、鹿島踊りの責任者です。さらに年長の方々がおられて唄をかけていました。

Mさんが子供の頃には子ども達ももっとたくさんいて、にぎやかに踊ったそうです。
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始めは輪踊りで、中心となるのは平たい太鼓と鉦(念仏剣舞の手打ち鉦と同じ物)2名ずつ。
そのまわりを大人と子ども達が、左手に幣束・右手に扇を持って踊ります。
大人は、子孫繁栄を祈る男女の採物を持つ役もあります。
男性の象徴はハンマーの形で金銀の紙吹雪が入っていて、これを振って種を散らすところなど日本のどこかに同じようなものがありますね。
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女性のは円盤状。
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ほかにも何やら不思議なものがありましたっけ。

後半列踊りになる合図は、「天竺が来たぞ〜」という掛け声だとうかがってビックリ!この掛け声で〝天竺に行く〟のだそうです!
鹿島踊りには弥勒踊りという芸能との混淆が見られるといわれていますが、「天竺」が出て来るあたりがそれでしょうか。
月の下で柱を囲んで踊るさまにも、なんとなく南方のにおいがします。
海のすぐそばの小さな集落で行われる、ほのぼのとした宵宮の雰囲気に魅了されていました。
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米神の海=相模湾に面する横須賀や伊豆には虎舞があります。しかし鹿島踊りは岩手には伝わっていない芸能です。

では山田町と米神との共通点は絵馬以外にないのか?
関係があるかどうかは証明できませんが、お祭りの構成はよく似ています。
宵宮に芸能を奉納し、本祭は神輿を担いで集落を歩き、海に入ってお潮垢離(しおごり)を取るという米神の祭は、山田町内各地のお祭りを始め大槌町などとも共通していませんか?

そしてお祭りの脇にはこんな看板があったりします。
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津波の話はまた改めて。

 by.事務局MA
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by torira | 2013-05-23 23:36 | 芸能 | Comments(3)

目覚めた獅子、眠れる獅子

山田町大浦では、3つの芸能のうち、特に大神楽は震災によって代表の方が亡くなるという大きな痛手を受けました。
活動再開については時間を掛けて慎重に行うことになるでしょう、と以前、大浦虎舞の方から伺っていましたので、再開の様子が聞こえて来るのを待っていました。

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その大浦大神楽がついに復興イベントで復活を果たし、出雲大社へ大浦さんさ踊りとともに奉納したことが、最近立て続けに新聞に出ていました。

昨年はささやかながら大浦虎舞の応援をさせて頂きましたので、ぜひ大神楽へも…と思っていたところです。
新しく代表となられた阿部さんにお電話したところ、
・獅子頭は流されずに済んだ。
・道具などは山田町の補助を得てだいたい揃った。衣裳はお母さんたちがチクチクと縫って整えた。
・神社の宮司さんが紹介してくださって出雲大社へ奉納に招かれることになった。さんさ踊りとともにバスで25時間かけて行く予定(注・お話を伺ったのは、奉納前でした)。

「うちには黒森神楽の権現様と同じ木で出来たと言われるオシラサマがあったんだけど、流してしまって残念です」ともおっしゃっていました。

今年はお盛り(芸能が奉納するにぎやかなお祭りのこと)が出来そうな雰囲気なので、もしやるとなれば9月の第二土日になると思う、とのことです。
一部地域は被害も大きく、祭は以前とは少し変わるところがありそうだ。
そんなお話を受けて、秋のお祭りに向け、とりらの募金から心ばかりの準備活動費をお贈りしたいと思いますがいかがでしょうか?
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 (昨年9月に霞露ヶ岳神社で行われた大浦虎舞の復活披露)


大浦大神楽が出雲大社で踊っていらっしゃる頃、私は小田原市米神の神社のお祭りに行っていました。
社務所には動かない獅子頭が一つ。
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以前は神輿とともに踊りながら歩いたそうですが、15年前とか20年前とかのお話。
住民が減って大人神輿が担げなくなるのに伴い、この獅子もやる人がなく、長らく眠り続けているのだそうです。

山田町とふしぎな繋がりのある米神地区は、過疎化少子化のためにお祭りの規模も縮小しつつあります。
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かつて山田町の漁師たちが来て働いたこの海。実はつい最近まで…。
お祭りのことなど、続きは改めて書きます。

 by.事務局MA
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by torira | 2013-05-20 22:48 | 東日本大震災 | Comments(5)

中身を問う

種子の袋を見るのは楽しいものです。

生長した結果に対する期待感、妄想・・・さまざまなものを呼び起こすイメージが満載された図柄に、時を忘れます。

が、これはかえって店頭で異彩を放っていました。

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なんか、いろいろ反省させられます。

 by げんぞう
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by torira | 2013-05-19 20:58 | 芸能 | Comments(0)

空いた手の行方

バチや扇,採り物を持って精緻に動く手の所作。
そのときにもう片方の手をどうするか。
厳しく教えられることがあります。
「動かさないほうの手は腰に」
「顔のそばに構えたままで」
慣れてくると、定位置ができてくるのでしょうけれども、それをつかむまでに時間がかかります。
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お茶餅・醤油ダンゴを食べるときもそれなりに。

 by げんぞう
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by torira | 2013-05-19 07:47 | 芸能 | Comments(2)

田んぼに挿された

2010年 6月 21日の記事で紹介した奥州市胆沢区の田んぼ。
今年もありました。
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 by げんぞう
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by torira | 2013-05-17 20:59 | 儀礼・習俗 | Comments(2)

猪川町五年祭&小河原地区に笛の贈呈

GW中に大船渡市猪川町の五年祭が行われました。
最後の奉納地である合同庁舎前の広場には、これから登場する各祭組の権現様たちがならんで熱い鼻息を、ふーんっ!
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子どもが多いのが沿岸の祭ですね。
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前田鹿踊り。震災の年に最初にお見舞いを差し上げたのは確かこちらでした。ずいぶん時間がたったようなあっという間だったような。
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この後、同市の末崎町小河原町内会の方にお会いしました。
小河原地区には虎舞がありましたが、被災して仮設に入った住民が多く、昨年の末崎(碁石)五年祭では参加を見合わせました。
その反面、仮設に入られた方たちは、同じ仮設の他の地区の方と「復興絆組」という組を作って祭に参加したことは、以前こちらでご紹介しました。

やはりこのままではいけない。
小河原地区の家の残った方々は、思いを新たに今年のお正月は悪魔祓いを復活させました。
残ったものは、子供用の頭が1つだけ。
この虎頭と借り物の太鼓一台で地区の家と仮設を回ったそうです。
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(2008年五年祭の小河原町内会の虎舞 画像提供・同町内会)

来年のお正月には本格的に虎舞を復活させたいとのことで、助成金申請のお手伝いをしています。
当日は、とりらの募金から笛8本を買って寄贈しました。
購入したのは、もと大船渡町にあって被災し、現在は盛町で営業を再開しているヨツバ楽器さんです。
「この前の津波でも、その前の津波でも、ウチは流されたんです。まぁ何というか」とおっしゃっていました。
しかし近い将来、大船渡町に店を建て直して戻るそうです。再来年の大船渡町の五年祭を新店舗で迎えるおつもりらしい。

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(2008年五年祭の小河原町内会 画像提供・同町内会)

小河原地区には少しずつ住民が戻ってきているそうです。でも仮設住まいの方たち皆が皆、小河原に戻るわけではない。色んな事が変わって行く中、皆が仲良く暮らす上で祭は大きな働きをすることでしょう。
これから新しく生まれ変わる小河原町内会が、次の末崎町五年祭ににぎやかに参加できることを願っています。

 by.事務局MA
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by torira | 2013-05-16 23:25 | Comments(0)