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カテゴリ:建造物・碑( 12 )

どの柱かむ?

ホールの舞台で上演される民俗芸能を見るときに
「これ、本来はどういう位置取りで演じるものなんだろう」
と感じることはありませんか?

この「本来」というのが、いろいろだったりします。
あちこち呼ばれることが多い芸能だと、
「あの家の庭では…」
「こっちのお寺では…」
「隣村の神社では…」
と、場所によって位置取りや手順を使い分けているんだろうなあと思います。

大ヶ生山伏神楽は、長年つづけて演じているのは「板橋神社」ほぼ一ヶ所。
そのほかの場所でやるときは、お囃子・幕の位置などなど、事前にあれこれ打合せします。

このたび、瀧源寺の上棟式にあたっても、いろいろと準備しました。
一般住宅を新築したお祝いにやる「柱かじり」と、神社新築完了時にやる「しんがく」という演目を続けてやるというものです。
いずれも、長ければ数十年はやらないものです。
今回の場合は、数年前にやったばかり。
とはいえ、建物とその周辺の敷地を行ったり来たりするので、手順はそれなりに多くなります。
また、建物の配置・構造、儀礼にかかわってもらう依頼主(一般住宅なら家の人、お寺なら住職+互助会役員)も、行く先々で違います。

神楽のメンバーみんなで、30コマ前後の絵コンテを書いたり消したりしながら、相談と試験運用を繰り返しました。

数週間前と前日に、現地も下見。
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棟梁とも打合せをします。
たとえば、一般建築なら大黒柱を権現様でかじるのですが、寺社建築では大黒柱に相当するものがどれかよくわからない。
じゃあ、特に大事な柱ってどれなの?
最大で4本まで挙げるとすれば?

棟梁いわく

「まず、この奥の2本。
来光柱(らいこうばしら)。
仏様を迎えて見るところ。
それから、手前の2本。
引導柱(いんどうばしら)。
住職が送りだしたりするときは、ぜんぶこの柱のところでやる。
本尊前の水引柱(みずひきばしら)もあるけど、それは次に大事な柱ってことで」

というわけで、来光柱・引導柱の左右4本を権現様が噛むことに。

多くの芸能が、こういった相談の積み重ねで出来てるんでしょうね。

 by げんぞう
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by torira | 2016-06-11 20:02 | 建造物・碑 | Comments(2)

青森県南部町 法光寺

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中はふつうのトイレでした。

by げんぞう
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by torira | 2016-06-01 19:21 | 建造物・碑 | Comments(2)

いくな

大ヶ生山伏神楽は盛岡市の南西端に位置する山あいの大ヶ生集落に伝わる芸能です。
盛岡市中心部からは遠いんです。

なので、神楽の古老からは
「盛岡の町に行った」
という思い出ばなしにをきくことがよくありました(過去形になってしまったのが悲しい)。

昭和26~27年には、桜山神社(盛岡市内丸)で奉納したことがあると言います。
県の観光課から頼まれ、出演料は8000円。
当時の8000円って…ほんとかなあ。
ともかくも、やれる演目は一通りやったそうです。
そして、南部の殿さまにも神楽の披露を所望されました。
ところが県からは
「いくな」
といわれてしまいました。
で、市内で一泊。
南部さんからは
「殿様の縁のある権現様なのだから、来てほしい。殿様がいいというんだからいい」
という御所望でしたので、翌日けっきょく南部さんの家にいくことになりました。

この「南部さんの家」というのが、どうやら今の盛岡市中央公民館(盛岡市愛宕町)らしい。
やった演目は権現舞と御神楽。
謝礼として20,000円をもらいました。
ほんとかなあ。
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盛岡市中央公民館では「南部家の別邸と庭園『文化財登録記念展』」が11月24日(月)まで開催されています。
  中央公民館企画展示室にて
  入場無料
  9時から17時まで(最終入場は16時30分まで)

「登録有形文化財」の意味からしっかり説明していますし、建築物の平面図や地図が好きな人には楽しいひとときを過ごせます。
紅葉も終盤ですが、お庭や古い建物の数々も堪能できる、けっこうな観光コースです。
ぜひ行ってみてください。

 by げんぞう
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by torira | 2014-11-23 12:47 | 建造物・碑 | Comments(0)

瀧源寺の火事がもたらすもの

7月22日夜半、盛岡市大ヶ生の 瀧源寺が火事になり、木造の本堂を全焼しました。
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その後ろにあって熱で葉の一部が変色したシダレカツラが国の天然記念物だったため、あちこちで話題になりました。
枝が垂れるカツラは珍種とされています。盛岡市の樹木がカツラなのは、このシダレカツラがある所以だそうです。

瀧源寺は天正2年(1574年)開山、山号を「早池峰山」としています。
くだんのシダレカツラの原木は早池峰山の麓の山中で発見され、岳の妙泉寺(廃寺。今の早池峰神社境内にあった)とこの瀧源寺に植えられたと書かれたサイトを見つけました。
言い伝えでは、この寺のお坊さんが大迫の桂林寺に行った帰りに早池峰山麓で見つけ持ち帰ったとされています。

これらのエピソードは、大ヶ生が早池峰信仰圏だと言いたいのでしょう。
事実、大ヶ生の方のお話では、ここから峠を越えて砂子沢へ、そこから長野峠を通って大迫内川目に出る道を使って、早池峰山にお参りに行ったものだそうです。(明日は早池峰神社のお祭りですね)

が、問題はシダレカツラより寺そのものです。
本堂が焼けたということは、お盆にお参りできない、納められていた位牌が焼けてしまったなどの大事件で、地元では少なからぬショックを受けています。

寺というのは地域の公共の場であり、住民の心の要でもあります。
瀧源寺ですと、盆の十六日には毎年、下大ヶ生の高江柄念仏剣舞が奉納に訪れていました。
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2010年の高江柄念仏剣舞奉納
上大ヶ生の大ヶ生高舘剣舞も、お盆に回向を上げに来る年があります。
以前はお盆の境内でさんさ踊りが行われていました。城内さんさ踊りです。
これらのことが出来ない。

毎年8月17日は上大ヶ生の板橋神社のお祭りが行われ、我が大ヶ生山伏神楽と大ヶ生高舘剣舞の奉納が行われるのが通例でしたが、今年は寺の不幸に鑑みて神事のみ催行と決定されました。
えらいこっちゃ。

過疎化高齢化が進む大ヶ生で寺の本堂を再建するには、ずいぶん負担が重いと思われます。
シダレカツラは生育に問題ないとされていますが、瀧源寺の火事、人のくらしには大きな痛手となりました。

 by.大ヶ生山伏神楽MA
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7月28日撮影
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by torira | 2013-07-31 23:29 | 建造物・碑 | Comments(0)

余震による倒壊にご注意ください

 宮城県を中心とした地方紙「河北新報」3月18日付けによると、宮城県内のお寺では「余震で崩れる可能性がある」と墓参を控えるよう呼び掛けているそうです。
 皆さんもお墓・石碑などはくれぐれもご注意ください。
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 by げんぞう
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by torira | 2011-03-19 09:54 | 建造物・碑 | Comments(0)

運命の出会い

一関市厳美町の骨寺村荘園遺跡がある本寺地区の駒形根神社に寄ってみました。
鳥居脇にはあちこちから集めてまとめられたと思われる石碑がずらっと並んでいましたが、その1つがこちら。
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「行山鹿子踊供養  文久三 癸 九月十七日」と刻まれています。
途中から土中にもぐっていますが「中立鹿之・・」というのも読めます。
意図せずして馬のお宮の前に鹿が。

 by.事務局MA
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by torira | 2010-12-19 23:45 | 建造物・碑 | Comments(0)

わからないことばかり

 盛岡近郊の神楽のひとつに、明治になってから伝えられたものがあります。この神楽団体によると、そのころ盛岡市内某所に住んでいた人から教えられたとのこと。その個人名が書かれた文書も残っています。しかし、いったいどういう人物なのかがよくわかりません。その「盛岡市内某所」も旧町名で表記されており、わかりにくいものがあります。
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 少し前に、盛岡駅からほど近いお堂の脇にある石碑に、その人の名前を見つけることができました。修験の院号も書かれていることから、修験者であったこともほぼ間違いないといえるでしょう。明治時代には町はずれではあったものの、盛岡の街中に近い所に神楽を行う修験がいたということが、このことからも想像されます。

 こういうことを探っていくのは面白みもあるのですが、ただのルーツさがしに終始するだけでいいのだろうか。と、いう思いが日を追うごとに強くなっています。「激しく動く世の中で、芸能がこれから先どうなっていくのか」を考えるうえでも、「なんで伝えられたのか ~伝えるがわと伝えられる側の事情」「なんでこれまで続けてこられたのか」といったあたりが気になるのです。
 また、伝えた人についてもただ「修験でした」というだけでは、あまり答えになっていないなあと感じます。そもそも、修験というのがどういうものかがよくわかりません。辞書をみれば「修験とは」といったことは書いているんですが、たとえば地域住民にとっての役割などなどが、どうもイメージできません。それじゃあ現在の世の中のいろんなお仕事についてわかるかというと、例えば「公務員ってなに?」とかきかれてもあまり上手にこたえられなそうなのですが。

 げんぞう

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by torira | 2009-03-17 20:39 | 建造物・碑 | Comments(0)

誰しも足元に眼がいく。 ということを心せねば

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 一関市厳美町の厠。土台に曲がった材を使うことで溜穴との空間を保ちつつ、構造的にも安定させています。布基礎を中心とした建築には応用しづらいことかと思いますが、芸能に携わる者としては足裏の使い方をイメージする上でとても参考になります。ただ、北東北の芸能ではわりとこういう物言いが通じるケースが多いかとは思うのですが、他の地方の芸能では必ずしもそうでもないかもしれません。ヘタな一般化は禁物だなあ、と考えさせられます。

 by げんぞう
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by torira | 2008-11-15 19:48 | 建造物・碑 | Comments(0)

台笠の新築

 高江柄念仏剣舞(盛岡市大ヶ生)の台笠が、このたび新調されました。新築というべきか・・・。
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 昨年の写真と比べていただくと、その新しさがよくわかります。

 by げんぞう
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by torira | 2008-11-13 21:41 | 建造物・碑 | Comments(0)

「建造物が歩いている」

 盛岡市大ヶ生の高江柄念仏剣舞です(2007年10月6日大ヶ生金山の里 縄文まつり)。さて、本日はこの画像をお題にどんなことを・・・。
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 この場面は、台笠振りです。岩手県の民俗芸能で台笠というと、奴踊系の台笠もありますが、これは念仏剣舞の。でも、全国的には奴の「台笠」のほうが知られているかと思います。
 さて、念仏剣舞の「台笠」は四門をかたどったかぶりものです。一関市の舞川鉦太鼓念仏などのかぶりものがデカくなったと見るか、鹿踊・剣舞などの相伝式で用いる四門を移動可能なように小さくしたと見るか。どうなんでしょうね。いずれにせよ、初めて見る方は「建造物が歩いている」と驚かれるようです。
 で、この写真を撮ったのは、
「台笠振ってる間は他の踊り手は一休みなんだよなあ。ほのぼのだなあ」
などなど思ったので。しかし考えてみると、なんで台笠振りだけ、まったく別個にやるのか。
 上鹿妻念仏剣舞の『三巻』と称する古文書(文化5年=1808)には「末世二念仏笠並剣舞踊獅子躍右三曲心得有者江令伝授」との記述があり、笠振りが剣舞とは独立したもののように書かれています(加えて「獅子躍」の記述があるのもポイント)。
 いっぽうで、葛巻町の小田念仏剣舞では、台笠振とスス(獅子)と、水桶もちなど、多様な舞手がいっぺんに出て輪踊りをします。
 というわけで、結論としては台笠振りとそれ以外の部分が別物だったか一体だったのかは、よくわからないのです。シシと剣舞の関係も同様に。

 by げんぞう
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by torira | 2008-03-14 20:28 | 建造物・碑 | Comments(3)