カテゴリ:東日本大震災( 225 )

2015年の釜石まつり その2

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市役所前の御旅所です。玉串を捧げているのは、ここに代々住んでいらした菊池さん。震災前はここは菊池家の御旅所だったそうです。
「とりら」6号の山本洋佑さんの文章にも出て来るこの方は、釜石の旧家のお生まれで、敷地内には古文書などを納めた蔵があったそうですが、「一切どこかへ流れていきました。残ったのは重い御神刀だけ」と錦の袋に入った長いものを携えていらっしゃいました。

本来は羽織袴に裃(かみしも)を着て祭に加わる役ですが、「震災後は裃は着ていません。紋付きだけです」と首を振ります。
流された文書の中には、南部藩のお抱え芸能集団、七軒丁関係のものもあったとのことでつくづく惜しまれます。

ドラッグストアの横で錦町虎舞が踊っていました。赤いほっかむりの道化の方、えらくお上手。さぞかしベテランさん、と思いきやかなり若い方だったので驚きました。
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子ども達が「うさぎ うさぎ」を踊っています。鵜住居虎舞もこれやりますね。この2団体は交流が深くて、お互いの祭に行ったり来たりして応援し合います。
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そういえば「うさぎ…」は年行司太神楽も踊ります。やはり太神楽と虎舞は近いのでしょうか。

元バスセンターの御旅所に神輿が到着しました。あっ、見物の中に大槌町の某虎舞の方(クリームソーダがお好きらしい)が混じってますがわかるかな〜?
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平田神楽に、とりら募金からお花をお出ししたら覚えていてくださって、「去年も頂きましたね」と言って頂きました。
権現様を持ってポーズ。
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「ブログ、ときどき見てるよ」と言われて恐縮です。記事を書くのが遅くなってごめんなさい。

御旅所で踊る台村の虎舞です。足が白いんですね。
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大勢の人出で写真を撮るのに苦労しました。やはり見る人が多いと盛り上がります。こちら東前太神楽。
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最後の良いシーン、送り船を見ようと魚市場で待っていました。
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あれ?御神輿は来たけど芸能が来ない。
「年行司太神楽と八雲神楽は奉納芸能ではなく、神事にたずさわる団体」と菊池さんに教わりましたが、この2団体しか見かけませんでした。大人の事情があるようです。
「来年は岸壁が出来るから、その時は送り船もにぎやかにやるから!」と虎舞の方に強調されました。
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今年はさようなら。来年またお待ちしています。
工事が進む釜石港が輝いていました。
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 by.事務局MA
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by torira | 2015-10-30 22:39 | 東日本大震災 | Comments(0)

2015年の釜石まつり その1

遅くなってすみません(最近こればっかり)、釜石まつりのご報告です。
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駅近く、シープラザ遊に御神輿が来ました。たくさんの人が出ています。
震災の年の釜石まつりを思い出すと、あの日ここに並んでいた出店は今年はありませんでした。かわりに大町の青葉通りに露店が列を作っていました。大町がだいぶ復活してきたからです。

神輿を担ぐ皆さんのお昼休み。お疲れ様です。
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私がお昼を食べに入った店では、6,7人の男性がご飯とともにビールをじゃんじゃん飲みながら「お祭りだからいいんだもんね!」とはしゃいでいました。復興関係で釜石に長期滞在してる方たちでした。

震災前と同じように、路上で演舞が行われていました。以下、年行司太神楽です。
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建築中の建物が背景に入ってきます。ずいぶん工事が多かったな。

平田神楽は小さな後継者が育ちつつあるようです。この背景も建築中のビル。
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八雲神楽の太鼓のリズム、前には気づかなかったのですが県北のナニャドヤラの太鼓にそっくりです。ドキドキするあの感じ…。
舞をちゃんと拝見するのは初めてだったかも。輪踊りになったり一列になったり、神楽にしては不思議なフォーメーションです。囃子も舞手も若手が多くてびっくりしました。
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権現舞もなんだか独特。ちゃんと見てみたい神楽です。
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東前の七福神が来ました。
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釜石のジャズ喫茶「タウンホール」の御主人が「七福神のリズムが好きさ」とおっしゃっていたのを思い出しました。たしか2011年に一度おじゃましたのです。
二階のお店なので津波の被害は廻りの惨状に比べれば少なくて済んだそうで、震災後は市民のいこいの場になっていました。今回寄ってみようと思ったら15時開店なんですね。

小川(こがわ)鹿踊り。「仙人秘水」でおなじみの釜石鉱山がある甲子(かっし)町の芸能です。
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遠野に似てるなーとおもったら、遠野市上郷町の板沢の鹿踊りが伝わったのだそうです。詳しくは「祭の追っかけ」さんのこのページをどうぞ。

…というわけで続きはまた明日。

 by.事務局MA
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by torira | 2015-10-29 22:23 | 東日本大震災 | Comments(0)

2015年の大槌まつり

また11日がめぐってきました。
沿岸被災地では今日、お祭りを迎える地域がいくつかありましたね。

9月の大槌まつりのレポートをしてみます。
大槌町でもかさ上げ工事が進んで来て、かつては小鎚神社から町が見下ろせたのが、目線が平らになってきました。
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御神輿は勤労青少年体育センター前でお休みしているところでした。
安渡大神楽の方とお話していると、「安渡は子どもが減って困った。祭は子どもが主役だから。」という言葉が出て来て軽いカルチャーショックを受けました。
「祭は子どもが主役」。
これは内陸部にはない感覚です。
確かに沿岸のお祭りでは子どもの参加率が高い。特に大槌町では見かける子どもの殆どが祭の一員です。そして家族全員で仲良く歩いてる光景をよく見かけます。これで良い子が育つんだなあ。
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城山虎舞の方ともお話しました。
目下の悩みはやはり練習場所。町の体育館しかないので各団体とも十分な時間が取れないのです。
「今つくりたいのは大槌の郷土芸能館。皆が集まれて練習も出来るところ。皆で資金を出し合って、と思うんだけど、団体によっては人数が減ってちょっと苦しいというところも。でも何か考えます。大槌はまだまだやりますよ」という言葉に希望を感じました。
御旅所から還御再開。松ノ下大神楽です。
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今年の大槌まつりのポスターと三陸国際芸術祭のポスターに登場した金沢神楽。メンバーが増えて充実してきました。
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踊りを披露する城内大神楽。
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そして小鎚川に御神輿が入る場で祭はクライマックスに達します。たくさんの人がもりもりと岸辺に集まって来ました。
新巻鮭発祥の地と言われる大槌。鮭が上る川と御神輿が交わることで、この土地の豊かさと幸いが祈られるのだと感じます。
芸能のお囃子がわんわんと行き交い、皆が興奮している中を神輿がザバザバと水に入っていきます。
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川の中でスクラムを組んで歌い続ける虎舞。
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大がかりな音響システムとかスクリーンとか花火がなくても、皆が沸き立ち幸福になれる仕組み。
祭の創造力をあらためて見直し、心を揺さぶられました。

神輿が還った夜の小鎚神社で奉納する臼澤鹿子踊。
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代表を務める方に書いて頂いた「未来へ!臼澤鹿子踊 〝神の森 どろの木〟へかける夢」が掲載されている「とりら」8号が好評発売中です。
大槌町とその周辺の方は信栄書店(tel.080 -1668- 4649)へどうぞ。
郵送ご希望の方は、とりら事務局toriratorira@yahoo.co.jp へメールください。

暗くなっても門付けが続きます。城山虎舞が車屋さんに舞い込みました。
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「最近は町外からの依頼はだいぶ落ち着きました。もう5年目だから当然ですけどね」とおっしゃっていましたが、来週10月18日(日)は「全国太鼓フェスティバル」に城山虎舞、ご出演です。陸前高田市立第一中学校体育館 10:00~15:00ですよ。

 by.事務局MA
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by torira | 2015-10-11 21:48 | 東日本大震災 | Comments(0)

とりら募金のご報告 2015年7月〜9月分

遅くなりましたが、2015年7月〜9月の三ヶ月間に頂いた「とりら 岩手三陸沿岸の民俗芸能応援募金」に対し、お志を寄せて下さった皆様のお名前を挙げ、感謝のしるしといたします。

高橋美香様、斉藤聖英様、那須川真由美様、橋本和幸様、貴重なお志をありがとうございました。

頂いた募金は現在は主にお花(ご祝儀)として各団体等に差し上げています。
今期は、陸前高田市:うごく七夕まつりの山車組11組と気仙町けんか七夕祭保存連合会、大槌町:大槌まつり、釜石市:鵜住居の鵜住神社例大祭で芸能団体にお花各5000円をお贈りしました。

大槌町で見かけた仲良し家族です。
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 by.事務局MA
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by torira | 2015-10-09 21:44 | 東日本大震災 | Comments(0)

2015年のけんか七夕

お盆をいかがお過ごしでしょうか?
ところによってお盆は8月7日に始まります。「七日盆」と呼ばれるようですね。
気仙地方で7日は初盆を迎えるおまつりとされ、それぞれの地域で様々な行事があります。
その一つが高田の七夕祭りです。
さきに行われた気仙町けんか七夕祭り。今年も二台の山車が出ました。
赤い気仙組の山車と青い今泉組の山車。
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本部の建物前にお花が張り出されています。
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「八日町でのケンカは今年が最後になりそうです」というMCが流れ、なんとも言えない気持ちに。

気仙町を往復した山車が本部前に近づいてきます。
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地元の人々に混じって今年もあの赤いTシャツの皆さんが山車を引いていました。茨城県つくば市に本社を置くスーパーが、二泊三日の体験学習プログラムを組み、子どもと大人が「うごく七夕」「けんか七夕」両方で山車を引くのです。

さて、本番です。「よおし 始めぃ!」の掛け声でガチンコ!!
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ぶつかるのは一瞬ですが、勝負は山車がどれくらい押せるか・引っ張れるか、やや時間をかけて(と言っても数十秒だけど)で決まります。
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夜はだいぶ派手な「ケンカ」になったそうです。渋滞がすごくて諦めて帰ったのをちょっぴり後悔しました。
また来年‥。来年はどこで行われるのか、今から気になります。
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今年はうごく七夕祭は11の祭組に、けんか七夕祭は保存連合会に、とりらの「岩手沿岸の民俗芸能応援募金」からお花を出しました。そのお返しの数々です。

今回初めて高田の七夕を見た方から「想像していたより何倍もかっこいいし楽しいですね!高田の町も実際に見られて良かった‥というか、まだまだなんだなと改めて感じました」という感想を頂いています。
皆様、来年の8月7日は日曜日ですよ!これはチャンスです。
来年は(も)どうぞお出かけください。

 by.事務局MA
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by torira | 2015-08-14 14:17 | 東日本大震災 | Comments(0)

2015年高田の七夕祭り〜うごく七夕

8月7日、陸前高田市へ行ってきました。
かさ上げ工事が進み、山車を引いて歩ける道がかなり限られています。
「うごく七夕」を行う高田町では、荒町の二台の山車がいるところが今年のメインの道。
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松原祭組。
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右は鳴石の、左は大石の山車です
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森前祭組。
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中央祭組の山車のうしろに見えるのは復興住宅です。
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大町の山車で、私のクラブの生徒だった子が太鼓を叩いていました。呼んでも聞こえなかった。ちゃんと会えなかったのが心残りですが元気な姿を見られてよかった。
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川原祭組はナンバンを倒して休憩中。
アザフを折ってくださった皆さん、これが今年の山車ですよ!
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長砂祭組の山車はイオンの横にいました。
「家も人もいないところを引っぱっても‥」と、おもに米崎町あたりを歩くそうです。
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たしかに。今の高田はこんな感じですもの。
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人がいてこそ祭がある‥。次第に変化を迫られる時期にさしかかって来たようです。

少し高台なので会館が残っている和野。
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山車飾りの短冊に、今は参加していない沼田祭組への思いやりが書かれていました。
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「大人っぽくなる! 清く気だるく美しく」の下に「日韓友好」とあったのがヒットです。そうです、大人ならね、仲良くすることを知ってるんだよ。

昼の運行を終えて駅前祭組がやって来ました。真っ赤なナンバンが鮮やかです。
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四隅の飾りをあんどんに替えて、そろそろ夜の部へ出発するところ。
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川原祭組は積極的にボランティアを受け入れていて引き手の多い組です。私たちもそこに混ぜて頂き、ちょっとの間ですが綱を引いて歩きました。
今回初めて高田に一緒に来た知人は、楽しそうに山車を引いていました。
しかし全体にボランティアは減りましたね。当初はたくさん来ていた支援団体のテントも今は見当たりません。

今年は夜の部の参加が少ないとはいえ、明かりの灯った山車はやっぱりきれいです。
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和野の山車も降りてきました。蛇口のイラストは何ですか??
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来年はどうなるのか。
「未来への絆」をどうつないで行くか。
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大学のボランティアで来ていた人が、卒業後も引き続き自費で山車を引きに来ているという話もお聞きしました。
難しい時期こそ応援したいですね。
私たちの募金も次第に少なくなってきたので、来年の七夕にお花を出せるかどうかわかりませんが、せいぜい「とりら」を販売して少しでも余裕をためておこうと思います。

うごく七夕川原祭組の方にも書いていただいた「とりら特別号」(2012年発行・1000円)は、8月22日(土)に開かれる「遠野文化フォーラム〜鎮魂と芸能〜」会場(あえりあ遠野)でも販売いたします。
フォーラムの詳細はこちらでどうぞ。

 by .事務局MA
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by torira | 2015-08-13 22:12 | 東日本大震災 | Comments(0)

久慈みなと・さかなまつりと「久慈市の民俗」

毎日お暑うございます。
70年前の広島の夏はたいへん暑かった、と当時そちらの病院で働いていた伯母から聞きました。
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7月26日に行われた「久慈みなと・さかなまつり」に行って来ました。
朝9時半に海上渡御が始まってそれに間に合えば一般の人も乗れる船があったようですが、盛岡から久慈まで約2時間半。着いたら御神輿はすでに陸に上がって魚市場に安置されていました。

広い魚市場にとてもたくさんの出店。そして人・人・人。
おいしそうなものもいっぱいあって目移りしましたが、やはりここは「あまちゃん」ウニづくしと行きましょう。
ウニご飯とウニ焼き。お手頃価格でした。
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右端はお振る舞いとして頂いたタラ汁です。夏にタラ汁を食べるとは思いませんでしたが、おいしくごちそうになりました。

午前午後の2回、「久慈港津波防災探検隊!久慈港の強いところを見つけよう」というゲームがあったようです。震災関連のパネル展示もありました。
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久慈あたりの被害についてはあまり印象が強くないと思いますが久慈港の遡上高13.4mはけっして小さい数字ではありません。

市場の壁などが新しくてきれいだったのは、津波の影響だと思われます。
大きな製氷施設があり、漁港としての久慈の実績を今更ながら知りました。
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この「久慈みなと・さかなまつり」というイベントは、すぐそばの諏訪神社の例大祭とリンクしています。
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諏訪神社に行ってみました。

芸能奉納にいらしたおばさまたちと海を見下ろしながら少しおしゃべりしました。
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「津波のとき、私はここから見ていたよ。あそこまで波が来た。引き波がすごい音をたてて引いていった」とお一人が指さします。「見てたの?怖くなかったの?」と他の人が聞いています。津波を見に行って波にさらわれてしまった人の話をちょっと思い出しました。
「十勝沖地震のときは○○さんとこの船が津波で防潮堤に叩き付けられて壊れたっけ」というお話も伺いました。おそらく1968年に起きたマグニチュード(M)7.9の地震の事と思われます。

夏井大梵天神楽を久しぶりに拝見しました。
社殿で利生舞、舞台に移って恵比須舞、そして権現舞です。
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各町内の皆さんが踊ります。魚市場の芸能舞台とかけもち出演なのでお忙しそうでした。
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で、小袖海岸であまちゃんスポットをちら見して。
峠を越えて久喜浜を経由して野田村へ。
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まだまだ更地の状態が続いています。

暑くて暑くて、野田村の有名な「のだ塩ソフト」をまっさきに注文しました。
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おいしかった!

野田でお魚センターを冷やかしたり、自分的には有名な玉味噌(味噌玉から作る)を買ったりしたんですがさっぱり写真を撮って来ませんでした。反省。
かわりにと言ってはなんですが、これをご紹介します。
「岩手県民俗調査報告書第二十一集 岩手県教育委員会編 久慈市の民俗」昭和49=1974年発行
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「久慈市の民俗」という題ですが、内容からすれば「久慈市久喜浜の民俗」の方が適切かもしれません。
久喜浜は野田湾に面し、久慈市と野田村の境界にある漁村です。
野田は今でこそ久慈「市」より小さな「村」ですが、この一帯は室町後期には「野田氏」が治めていました。
近世になって、野田は南部藩、久慈は八戸藩に分かれます。
それで久慈と野田はけっこう違いがあるのだということが冒頭に書かれています。
あまり知る機会のない北沿岸の暮らしや信仰などをみっちり取材した貴重な報告書です。
今はこういう仕事があまり行われないですね。。

そしてここにも津波が。
慶長16年(1611年)、江戸初期に大地震にともなう大津波が押し寄せました。
当時海の近くに拠点を置いていた野田は大きな被害が出て、以後、海沿いにあった館やお役所など町の機能の主なものを高台に移転したそうです。

そしてきっちり400年後の2011年、野田は再び大津波の被害にみまわれてしまいました。
自然には勝てない。コントロール仕切れないとしみじみ思います。

‥と、これ以上続けるとえらく長くなってしまうので、とりあえずはご紹介のみ。尻切れトンボですみません。
「読んでみたい」という方、岩手県内市町村の図書館の収蔵データを置きますのでお近くの図書館でご覧ください。

  by.事務局MA
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by torira | 2015-08-06 14:47 | 東日本大震災 | Comments(0)

七夕まであと5日!

あぢいですね〜。
暑い高田から熱いお祭り準備の画像が送られて来ました。
先週、山へ行ってフジの蔓(ツル)を切る「藤切り」と呼ばれる作業が行われました。
今日はそれを使って梶棒(かじぼう)を山車に取り付ける「藤巻き」です。
まず、切って来た藤蔓を叩いて柔らかくします。
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ひゃー、これは大変そうだ!
ひん曲がった蔓を叩いて使えるようにするには相当がんばらないと。

そして屋台に固定する。まっすぐ取り付けないと舵取りに苦労することになり、経験がものを言うところでしょう。
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お囃子の練習も毎晩続いています。
今年は太鼓の一部を皮の張り替えに出したそうです。
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飾りの制作もちゃくちゃくと‥。
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「とりら」8号に南部神楽のことを書いてくださった「祭の追っかけ」さんのお名前が見えますね。
いつも募金のお礼をありがとうございます。
5日後の晴れ姿が楽しみです。

その8号、および川原祭組の皆さんがうごく七夕のことを書いてくださった「とりら」6号は、大船渡市のブック・ボーイ大船渡店でも好評発売中です。
あわせてよろしくお願いいたします。

 by.事務局MA
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by torira | 2015-08-02 21:43 | 東日本大震災 | Comments(2)

「気仙茶聞き書き集 おら家のお茶っこ」

藩政期から自家製のお茶を楽しんで来た気仙地方では、お茶作りの体験と技術が豊かに埋もれています。
あまり知られていませんでしたが、温暖な気仙地方では自宅の庭の一角に茶の木を植え自家用のお茶を作ってきた歴史があります。
手もみのお茶は約60年くらい前にほぼ途絶えましたが、震災前には自宅で摘んだお茶を工場で製茶して飲んでいたおうちが約70軒もあったそうです。
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雫石在住の焙茶工房を営む前田千香子さんは、かねてから気仙茶の復活に関心を寄せていました。そして震災後の2012年、陸前高田市米崎町の菊池司さんらと共に「北限の茶を守る 気仙茶の会」を立ち上げます。
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先頃「気仙茶の会」は、自前でお茶を作り飲んできた陸前高田市や大船渡市の皆さんの聞き書きをまとめた
「陸前高田・大船渡 震災を乗り越え未来につなぐ 気仙茶聞き書き集 おら家のお茶っこ」(1500円+税)という本を発行しました。
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自前のお茶がどんなに住民の心に深く根を下ろしていたか。
仮設集会所などでお茶会という支援活動を続けて行く中で、前田さんたちは沢山の方がお茶のことを生き生きと語る姿に出会い、「やっぱり気仙茶を復活させたい」と思うと同時に「これは書き留めておかなければ」と強く感じたそうです。

震災後はまず原発事故の影響を受けた茶の木を除染しなければなりませんでした。そして津波をかぶっても枯れずに残った茶の木の手入れを続け、また2013年に念願の手もみ茶を復活させます。
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昨年秋の「お茶の花見会」で撮影した小友町の茶の木。津波の被害から息を吹き返しつつある。

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気仙茶。「お茶の花見会」にて。

かつての気仙地方では畑の一角にかならずと言って良いほど茶の木が植えられ、無農薬のお茶作りが行われて来ました。樹齢100年以上かという古木も多く、品種としても貴重な在来種のお茶だそうです。

お茶づくりは手間ヒマのかかる仕事ですが、その分「おら家のお茶っこはおいしいよ。買ったのとは違うよ」という自負の言葉が出てくるのです。
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小友町の「気仙大工伝承館」のかまど。カマド神の下に炭をおこす土焙炉(どぼろ)、茶葉をもむ、もみ板と助炭(和紙を貼ったブリキの枠)がおかれています。
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もみ板を使ってお茶づくりを手ほどきする場面。「おら家のお茶っこ」43ページより。

全文143ページの中に、昔のお茶作り、食の思い出、年中行事、戦争の影、そして津波のことが気仙方言でつづられています。

「聞き書き」という手間のかかる作業は、最近では民俗分野でもあまり行われなくなっていますので、久しぶりにこういう本に出会いました。読むと自然にケセン語が聞こえて来る一冊です。
気仙茶ではなくても冷たい麦茶などをお伴にどうぞ読んでみてください。

発行・北限の茶を守る気仙茶の会
問合わせ・090 2999 2154 事務局・前田
E-mail kesencha*excite.co.jp(*を@に代えてください)

<取り扱い>
陸前高田市/伊東文具店、一本松茶屋
大船渡市/ブックボーイ大船渡店 ブックボーイサンリア店、ブックポートネギシ猪川店
盛岡市/さわや書店、shop+space ひめくり
花巻市東和町/にっち

 by.事務局MA
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by torira | 2015-07-27 14:50 | 東日本大震災 | Comments(0)

7月の高田です

「折って支援」盛岡で高田の七夕山車に使うアザフを折って送ろう、に今年もご協力くださったみなさま、ありがとうございました。
かさ上げ工事が進んで来て、今年の「うごく七夕」は山車をうごかせる道路が大幅に制限されていますが、11組の町内が山車を出す予定だそうです。
今、山車作りはどんなかな?と陸前高田市に行って来ました。
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高田町の川原祭組の拠点である「どっこい所」では、アザフを細竹に巻く「ミス巻き」とミスをつなぐ作業とが行われていました。
なんと海外から長期ボランティアに来ているという方が。
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日本人にしか見えない黄(ホァン)さん=通称ベンさんは、カナダ在住の中華系のフォトグラファーだそうです。遠くからありがとうございます。どんな写真を撮っていくのかなあ。
ベンさんがくわえているのは他の祭組から差し入れで頂いたアイス。
祭組同士でこんな陣中見舞いのやりとりがあるのだそうです。良いですね!

ミス巻きの苦手な私は(難しいんですよ〜)、お花作りを少々お手伝い。
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最初お会いしたときは高校生だった彼女も大学二年生です。
そろそろ就活シーズン。良いお仕事に出会えますように。

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あれから4年が過ぎて、子ども達が成長し町内から少なくなってしまいました。
ちょっと笛の吹き手が足りない感じ。代表のSさんが笛にトライしています。本番に間に合うでしょうか?

目の前を流れる川原川でさきほど鮎を釣ったというので驚きました!まるで堰のような(失礼)小さな川、上流に人家すぐそばに復興住宅団地がある川、そこで鮎が!
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鮎を撮りそこねたのでウェーダーをお見せします。
「尺もののイワナ(ヤマメだったかな?)を釣ったこともあるよ。昔はここまで鮭が上がって来たんだ」と教えて頂いて二度びっくりです。水は清きふるさと♪なのです。

川原祭組では、次の26日(日)に藤のツルを採集する「藤切り」に行き、8月2日にはそのツルを叩いて柔らかくした後、梶棒を山車に取り付ける「藤巻き」が行われます。
「とりら」6号(在庫ございます。ご希望の方はどうぞこちらを)の川原祭組のページに描いて頂いた藤ヅルを叩く作業のイラストを添えてみます。
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藤ヅルをトントンと根気よく叩いていく作業は時間がかかるので助っ人大募集だそうです。
8月7日祭当日一緒に山車を引いてくれる人も大歓迎。ちょっと勇気を出して手を挙げてみませんか?

「けんか七夕」を行う気仙町にも行ってみました。
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(2013年のけんか七夕)
こちらの七夕山車制作は、今泉集会所「あがらっせ」で行われています。
しかしこの日は誰もいませんでした。
後で聞いたところでは、作業が一区切りついた御祝いに昨夜はBBQパーティ、今日明日はお休みだそうです。
ネット上に8月7日のけんか七夕のスケジュール表が出ていたので貼っておきます。
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今泉天満宮にお参りに行きました。
ご神木の大杉のまわりで草取りをなさっている方に声をかけてみると、「神社のまわりをきれいにしておこうと時間を見つけて来ています」というこのお社に関係する神官さんでした。
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「あの高く積んである土はかさ上げじゃなくて単なる仮り置きです。対岸も高く土が盛られているところは仮り置き。
気仙町の方でも一応かさ上げ工事が始まったけど、見通しが立たない。新しい道路など実際にはいつになるだろうか?」と教えて頂きました。
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すでにいつもの場所に山車が組まれていました。ブルーシートのあれです。
けんか七夕も引き手ほかボランティアを募っています。
興味を持たれた方は、気仙町けんか七夕祭り保存連合会のFace book などをチェックしてみてください。
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 by.事務局MA
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by torira | 2015-07-23 16:49 | 東日本大震災 | Comments(0)