カテゴリ:東日本大震災( 219 )

復活!法の脇獅子舞

宮古市津軽石のお祭りに行ってきました。
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2012年にお邪魔したときの記事はこちら
あの時、とりらの募金を丁重にお断りされた法の脇獅子舞が今回ついに復活すると聞いて行ってみたのです。
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今回はお花を受け取って頂けました。「あの時の方ですか?」と2012年に伺ったときのことを覚えていて下さったのには感激です。ここでは、神社境内に参列できるのは獅子舞のみ、とお聞きした通りでした。
地元の大工さんの手になる立派な獅子頭。
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御神輿の担ぎ手に若い力が参加です。
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急な石段を降りると大神楽とさんさ踊りの歓迎を受けます。ここで一踊り。
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今、復興公営住宅が出来上がって、震災で大きな被害を受けた法の脇の方たちもやっと落ち着き始め、中学生を指導して復活・奉納にいたったそうです。
良かったですね!おめでとうございます!
沿道のおうちからお花も上がります。
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渡御にお供する新町大神楽。
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津軽石さんさ踊り。
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途中、津軽石の名のおこりとなる石を祀った恵比寿神社にも立ち寄ってみました。
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地元の方のお話。旅のお坊さんが津軽から持ってきた小石を津軽石川に投げ入れたところ、たくさんの鮭が上るようになったという伝説があり、これがその石!…かどうかイマイチ不確かではあるが、と紹介されました〜。

復興予定未来図の看板がありました。ここには書かれていませんが、津軽石は歴史と文化と意地のまちだそうです。
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今年の秋には、JR山田線の宮古〜山田町豊間根の間が復旧する予定と発表されています。
「休止中」の踏み切りの前で踊っているさんさ踊りを見ながら、早くその日が来ますようにと願ったのでした。
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 by.事務局MA
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by torira | 2016-08-22 16:02 | 東日本大震災 | Comments(0)

2016年、高田の「うごく七夕」「けんか七夕」

震災から5年。それなりに元の場所で行われてきたこの祭も、今年は過渡期の試練の中にあります。砂漠のような今の高田ですが、それでもこの丘?の向こうからお囃子が響いて来る不思議さと感激。
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まずは「うごく七夕」から。
高田一中のふもとに大石祭組の拠点となる公民館があります。夜には明かりが入るだろう夢明かりが並んでいました。
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かさ上げされた砂山の上から見下ろす高田町。真ん中奥のガソリンスタンドの看板が見えますか?あの上まで波が来たマークがあります。
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この一角に、川原・中央・大町・森前の各祭組の山車が保管されているので、この4組はここを山車を引いて歩きます。今までよりずっと短い距離になりました。
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荒町の山車はいつもの場所に。
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「来年のことはわかんないね。真ん中の通りが出来れば山車も引けるけど、はたして来年に出来るのかなー。出来る予定なんだけど、どうなるか誰もわからないから。ハッハ」と受付のお当番の方が笑っていました。

和野会館の前で撮りました。(どうもこの辺で帽子を落としたらしい)
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被災した熊本への応援メッセージが。
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米崎町のほうに山車を保管しているのは長砂と松原の祭組。
松原祭組の方は、「来年は道路が出来る計画だし、うちもあっちまで山車が引けるようになって皆そろうんでない?」と希望的観測です。
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「今年の山車の作業は6月1日から始めました。デザインは皆で決めました。ああでもないこうでもないと言って」。元は松原町内会でも今は皆さんおそらくバラバラにお住まいだと思われますが、「皆で話し合って決める」強いつながりが続いていることがわかります。

震災後、祭や芸能が被災者の心の絆になった、とあまりにひんぱんに書かれるので、この美しいことばが当事者の方の負担になったり空回りしているところもあるのではないか、と心配したりします。
でも、(私は年に1,2度高田を訪れるだけなのでうがった見方かもですが)やはり祭をやることで何か切実な力が働くんだと感じた今年でした。

震災後これまで山車飾りの「アザフ」というパーツを盛岡で折って川原祭組へお送りしていましたが、今年は若い世代がイニシアチブを取り、「震災前のように自分たちの力だけで作り上げたい」という前向きな取り組みになりました。若いってすばらしいと感じましたね。

数は減りつつあっても、通い続けているボランティアの皆さんの姿があります。
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一例をあげれば、茨城県から自前でバスを仕立て大勢で山車を引きに来る某会社の皆さん。赤いTシャツがすっかり定着しました。新入社員には必須科目らしい。たいけん学習として参加してる子ども達も混じっていました。

「気仙町けんか七夕」は今年は気仙川の右岸に祭会場を設置しました。
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山車の頂上に立つ役は「笹振り」というんですね。今日のこの短い時間のために積み上げて来た何かを振っています。
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梶棒に取り付いている少年たちの笑顔がまぶしい。
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川原祭組が昼の運行を終えて夜仕様にお色直しをしているところです。ここには、大学が主宰するイベントから自主参加になっても継続参加している東京と大阪の学生さんおよび卒業生の方達がいます。
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今回も「とりら」の募金から、「うごく七夕」の各祭組と「けんか七夕実行委員会」へそれぞれお花を差し上げました。
残念ながら夜の山車を見ることが出来ないまま帰途につきました。
一年後の祭が今から楽しみです。応援しています。

 by.事務局MA
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by torira | 2016-08-13 23:21 | 東日本大震災 | Comments(0)

とりら募金のご報告 2016年4月〜6月分

2016年4月〜6月の三ヶ月間に「とりら 岩手三陸沿岸の民俗芸能応援募金」にお志を寄せて下さった皆様のお名前を挙げ、感謝のしるしといたします。

高橋美香様、那須川真由美様、ならびに6月末に行った飯坂真紀絵画展で会場にもうけた募金箱に入れてくださった皆様、貴重なお志をありがとうございました。

なお飯坂の個展で集まった募金の半額を、SAVE IWATEが立ち上げている「熊本地震による被災地支援のための緊急募金」に寄付させて頂きました。
SAVE IWATEからは、御礼のことばと共に熊本支援活動の報告書を頂きました。熊本ではせんべい汁や冷麺の炊き出しに加え、SAVE IWATEオリジナルの和グルミソフトクリームを配って好評だったそうです。
熊本の芸能もいつか見てみたいですね。

飯坂の個展にいらして下さった大船渡市の方が、「災害復興住宅は完成を急ぐあまり土台のコンクリートの乾燥を待たずに建てられ、家の鍵が被災者に渡された。その結果、今カビが大発生して困っているという話を聞いています」と語って行かれました。震災から5年4ヶ月が過ぎて、課題はより複雑に見えにくくなって来ているようです。

また大槌町の方は、これまで順調に売れてきた復興グッズの売れ行きが頭打ちになったとおっしゃっていました。
「支援のイベントが減ったし、グッズを置いてくれる店も徐々に少なくなっている。いつまでも支援をあてには出来ないんだから、良いものを作らないと。」と冷静な語り口でした。

募金の使い道、今期は5月に行われた大船渡市赤碕町の五年祭におじゃまして、中赤崎、蛸ノ浦、清水、上三組、永浜、長崎の各組にお花(ご祝儀)を差し上げました。
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撮っているときはよく見えていませんでしたが、拡大して初めてわかった。皆さんの笑顔!いいなあ!

また、さきの記事で紹介した、久慈市の「あーとびる麦生」が行った芸能イベント、「絆の祭典」に1万円をお贈りしました。麦生にもまた行きたいです。
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夏まつりシーズン到来ですね。今週も来週も沿岸各地でイベントが目白押し。
みちのく芸能ごよみ」で情報をチェックして、海辺の町に出かけませんか?それが6年目の支援になると思います。

 by.事務局MA
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by torira | 2016-07-14 08:12 | 東日本大震災 | Comments(0)

液状化の跡をたずねる

冊子「とりら」では、「とりら第6号 特別版(2012年4月25日発行)」以降、「とりら第7号 (2013年11月11日発行)」、「とりら第8号 (2015年4月11日発行)」と、東日本大震災の津波被災地でおこなわれている芸能・おまつりのことを紹介しています。

2011年3月11日におきた東北地方太平洋沖地震の影響はたいへん広範囲に及んでいます。
岩手県に暮らす自分にとっても、東北以外での被害はどうだったのか、気になっていました。
液状化被害が大きかった千葉県浦安市に、このたび足を運びました。

結果は…特に被害の痕跡を目にすることはありませんでした。
あとで知ったのですが、今回ぶらついた地下鉄東西線の浦安駅周辺は液状化被害は少なかったのだそうです。


朝だったので、黙々と駅へ向かう通勤客で混雑する街。
焼きはまぐりのお店が多い。
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浦安魚市場へ行きました。
あさりの佃煮を購入。
魚市場のある街がうらやましくなります。

by げんぞう
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by torira | 2016-06-19 20:11 | 東日本大震災 | Comments(0)

味がつなぎとめる災害の記憶

ミャンマー関連の品物を扱う店がたくさん入っている、高田馬場のビルへ。

マンションの1室のような扉をあけると、商品が壁を覆いつくしているお店がそこにあります。
大音量でテレビを流しています。
ニュース番組かなんかのようですが…。
ミャンマーの方々が次々に出入りしており、これまた大声で会話しています。

魚の乾物がいろいろ。
悩んだ末に、茶葉を漬けた保存食を買うことにしました。
レジへもっていくと
「はじめて?」
ときかれます。
はい、まったく初めてです。
「これは、辛い。日本人には無理。こっちがいい」
見た目は同じような別のものをおすすめしてくれました。
じゃあ、そっちで。

会計をしようとして、レジの脇にあるパックに目がとまりました。
これはすぐ食べられるんですか?
「食べれる。すぐ」
甘い?
「甘い。甘いよ」
じゃあ、一つ。

支払いをしながら、ちょっと失敗したかなあと思いました。
こういう棹物っぽいお菓子って、口に合わないと延々と同じものを食べ続けなきゃいけなくてしんどくなってくるんですよね。
もっと一口で食べられるのが良かったなあ、と。
ラベルも読めないし。

帰宅後、ミャンマーで大きな地震があったことを知りました。
大音量のテレビニュースはそういうことだったのか。
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そんなことを話しながら、例のお菓子を食べることに。
パンプティングのような、ふしゅふしゅした食感。
ココナッツミルクの香りとコクがぴったりです。
表面のケシも、味が平板になるのを抑えている。
これはいいな。
こんなすごいのあるんだな。



この地震により、ミャンマー国内での大規模停電や、隣国での人的被害などがあったようです。
その後の様子をきくことがないのですが、どうなったことでしょう。

by げんぞう
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by torira | 2016-06-12 19:13 | 東日本大震災 | Comments(0)

「絆の祭典」@久慈市のお知らせ

絆の祭典
6月5日(日)
10:00 鵜鳥神楽
12:00 津軽横笛
13:00 津軽三味線(歌・踊り)
   ねぶた即興絵
入場無料
会場「あーとびる麦生」久慈市侍浜町麦生3-36-1
(電話0194-58-2429は土・日しか対応できませんのでご注意ください)

鵜鳥神楽の公演についてはとりら募金から1万円をお贈りしました。
以前ブログとりらで「あーとびる麦生」についてこんなふうに書いたことがありますが、あのときの「ここでも神楽やりてえ」という理事長ドリちゃんのお言葉に応えて、多少お手伝いしたのが実を結びました。
関係者の皆様、ありがとうございました。

昨年からこの公演を楽しみにしていましたが、私の個人的な用事が5日に重なってしまい、残念ながら見ることができません!
「神楽見るんだば、あまり広くない部屋がいいんだべ?畳の部屋もあるんだよ」とおっしゃっていたので、きっといい雰囲気になると思います。
お近くの方はぜひ足をお運びください。
場所等については「あーとびる麦生」の HPをご覧ください。

 by.事務局MA
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by torira | 2016-06-02 20:32 | 東日本大震災 | Comments(0)

熊本県および九州地方の皆様へお見舞い申し上げます

熊本地震によって被災された皆さまへお見舞いするとともに、犠牲になった方々へ心からお悔やみ申し上げます。

余震が続くなか、多くの方が不安で不自由な日々を過ごされていると思います。
そして沿岸被災県では多くの人が東日本大震災が起きた5年前とそれからの事を思い起こされていることでしょう。
あのときのお返しをしよう、という動きが行政レベルだけではなく市民からも出ています。

岩手の被災地では、陸前高田市の「桜ライン」が早くも「熊本地震に際した義援金」をたちあげています。
2011/3/11に発生した東日本 大震災。その津波の到達点に桜を植樹し、桜のラインを作って後世に 伝えていこうというプロジェクトです。
陸前高田市内のあちこちに募金箱を設置したほか、振り込み口座も開設しています。

詳しくは桜ラインのこちらのページをご参照ください。

「とりら」で出来ることはなにがあるか、少しずつ情報を集めようと思います。

  by.事務局MA
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by torira | 2016-04-21 14:09 | 東日本大震災 | Comments(0)

とりら募金のご報告 2016年1月〜3月分

2016年1月〜3月の3ヶ月間に頂いた「とりら 岩手三陸沿岸の民俗芸能応援募金」に対し、お志を寄せて下さった皆様のお名前を挙げ、感謝のしるしといたします。

那須川真由美様、橋本和幸様、斉藤聖英様、貴重なお志をありがとうございました。

頂いた募金は現在は主にお花(ご祝儀)として各団体等に差し上げています。
今期は、陸前高田市高田町の秋葉権現川原獅子舞へお花5000円をお贈りしました。残りはこれからの祭のためにプールしておきます。
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今年も3月11日が来て、それぞれの町で追悼のセレモニーが行われました。
こうしたセレモニー、形だけになっていないだろうか、とちょっと疑問に思ったりしますが、何もしなければ3月11日は何でもない日として過ごしてしまうかもしれません。
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この子たちは5年後、10年後の3月11日に何をどう感じるのでしょうか。
それは大人である私たちの考えや行動いかんに関わるのだと思います。

 by.事務局MA

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(2016.3.11 盛岡城跡公園にて)
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by torira | 2016-04-03 22:49 | 東日本大震災 | Comments(0)

2016年の悪魔払い 川原獅子舞2

この日の悪魔払いは、大石と和野と小泉と川原の4地区で行われたそうです。
川原以外は曲がりなりにも家が残ってる地区。
それに対して川原は地元の家々を失ったままです。今は住んでいる場所もまちまち。
時間がたつにつれ元のつながりがどうしても薄くなっていく中で、川原の大人たちは訪問先の開拓や参加者の確保など、悪魔払いや祭を続けていくために日々努力してらっしゃるんだ、と今更ながら気づきました。そのためには強い意志がいるでしょう。心密かに敬服しています。

ここは震災後に出来た仕出しと会食の「食彩工房 海浜館」です。
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玄関脇にもう椿が咲いていました。さすが三陸の湘南と言われる高田〜。

被災して移転した「キャピタルホテル1000」へ。
妙齢のサイボウ振りは、今年も聖心女子大学からボランティアで参加して下さっている女性たちです。
獅子の方にも、大阪から継続して来ている学生と元学生の方たちが加わって下さっています。
向こうで高田の海が光っている。
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そして光照寺へ。
お坊さまも獅子のお祓いを受けるんですねえ。なんだか不思議。
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最後の訪問先、お茶屋さんの「小谷園」に舞い込みます。川原の本拠地「どっこい所」となりです。こちらもゆくゆくは移転となりますが、いつどこになるか予定は未定。
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お茶屋さんでお茶を買ったら、以前私が来たことを憶えていて下さいました(すごい記憶力…)。店内にはご主人が作ったミニ七夕山車が。これ、素晴らしいですね!
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後ろに、震災前にご主人が撮った写真が大きく引き伸ばして貼ってあります。
前回の記事にある「セルフ」の看板あたりを部分拡大。かつてはこんな町並みでした。
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獅子舞は最後に屯所跡の供養碑の前で踊ります。
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亡くなった方のヘルメットを、少年たちの獅子が思いを込めて噛んでいます。そこに書かれている文章を写しておきます。
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「ここは、消防高田分団第一部団員20余名の活動拠点だった屯所跡地です。
2011.3.11、東日本大震災の際、地域住民の命を守る為に身の危険を省みず、避難、誘導に出動し、11名の若い命が犠牲になりました。
忘れないで下さい。
若い命と残された家族ご遺族の悲しみを。」


もう一つ。その近くに止めてあった車にこんなメッセージを発見しました。
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「復興は長く遠い道のり。事故は一瞬!あせらない。急がない。ゆっくりゆっくりだべ」。

ゆっくりゆっくり復興していく2016年が始まりました。
今年もどうぞよろしく。

 by.事務局MA
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by torira | 2016-01-17 22:12 | 東日本大震災 | Comments(0)

2016年の悪魔払い 川原獅子舞1

陸前高田市高田町の悪魔払いを見学してきました。
おなじみとなった秋葉権現川原獅子舞です。

権現様のお仕事はまず火伏せ。消防車を祈祷します。
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現在の陸前高田は国道340号線沿いの小高いところに市役所、防災センター、コミュニティホールが集まり、BRT高田駅もここに設置されています。

栃が沢ベースの仮設店舗で営業していた「おかし工房木村屋」が昨年この場所に本店を建てました。
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その仮設店舗のほうにも行きます。ここで一休みして甘酒と肉まんあんまんのお振る舞いに預かりました。いずれここもなくなるので、お店によっては今後どうしようかと悩んでいるそうです。
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45号線角の「一本松茶屋」に獅子が舞い込みます。空を占めていた巨大なベルトコンベアがなくなり、あたりの風景がすっきりして来ました。
頭かじりを受けて笑顔になる人々。
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川原の獅子舞は毎回こちらにお参りに行きます。道の駅だった「タピック45」。
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「皆で黙祷しましょう」とリーダーが声をかけます。高田の皆さんがこの土地で元気よく暮らして行けますようにと祈りました。
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この追悼施設(慰霊碑)の脇に、昨夏、陸前高田「復興まちづくり情報館」がオープンしました。その横から撮った今の高田。右の枯れた川が元の川原川です。
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「セルフ」という字の入った看板に「↑津波水位15.1M」と書かれています。あのてっぺんまで津波が来たんですね!
この風景をちょっと憶えていてください。次の記事に震災前の同じ場所が出てきます。<続く>

 by.事務局MA
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by torira | 2016-01-16 21:28 | 東日本大震災 | Comments(0)