報告書「白石神楽」に誤り発見

 冊子「とりら」創刊号に「白石神楽」のことを書きました。内容の大半は、報告書「白石神楽」を下敷きにしています。報告書「白石神楽」は、盛岡市上米内に伝わっていた「白石神楽」の謡本翻刻と、ききとり・文献史料による解説を掲載しています。2006年11月に30部発行し、盛岡周辺の図書館に納めてます。
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 ところが、この報告書で白石神楽の権現様に関わる「大豆門権現」についても解説しているのですが、その箇所をいま見てみると、明らかに誤りがあります。つきましては、この場を借りて訂正させていただきます。

【訂正箇所】
 本書p.14のうち、“大豆門権現を「不来方淡路」が再興した”という史料についての記述で・・・
誤:これは南部信直のことである。
 ↓
正:盛岡周辺の有力な支配者の一人であり、後に南部氏に仕えた福士氏の当主である、不来方淡路のことである


 このあと、“大豆門権現はおそらく、従来から地域にあった神社が盛岡開城と並行して整備されたものであろう”ということも書いたのですが、これも「この地域は盛岡開城前に福士氏の所領だったと考えられ、その支配者も再興に関わる、重要な祭祀施設だったと考えられる」というぐらいの言い方が正しいかと思われます。

 手近にあった資料を参照して書いたつもりだったんですが、やはり複数の資料にあたるべきでした。機会をみつけて、別の形でも訂正したいと思います。

 by げんぞう

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by torira | 2008-12-10 19:54 | お役立ち情報 | Comments(0)

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