じょっきり立つ

 「東北の芸能はしっかり大地を踏みしめる」「激しく跳ぶ」「ガニマタが基本だ」「山歩きや泥田歩きが元になってるので、つま先歩きだ」「クワによる農耕を基本としているので、ナンバ歩きだ」「シナやリキミ、クセのない動きに魅力がある」。
 ・・・東北の芸能の「カラダの使い方」については、色んなことを言われます。
 ところが、私は大ヶ生山伏神楽で舞わせてもらうようになってからまもなく、そういった説とはうまく合わないことを師匠から言われました。
「おめさん、ヒザ折りすぎ」
「そんたに跳ばねくていいの」
これには参りましたね。
f0147037_2102991.jpg 跳んだり腰を落としたりという動きとは違うところにこの神楽の魅力があるというのは自覚していたつもりなんですが、これまでになんとなく身に着けてしまったものが裏目に出てしまったとしか言いようがありません。おかげさまで、補正にだいぶ苦労しました。
 もうちょっと有名な団体でもこういう話は耳にすることがあります。大乗神楽のある団体の方は「ウチの神楽はジョッキリ立ってやるんだよね。腰落としてる神楽のを見て『いいなあ』と思って試しにそうやってみてもぜんぜんカタチにならない」とのこと。確かにその方の舞う姿は腰を落とすという感じではないのですが、動きをビシバシ決めていてとても評判が高いのです。跳んだり腰を落としたりしなくても魅力的なのです。
 一方で、抑制された洗練された動きじゃなくてもとてもイイなあという場合もあります。猫背で姿勢が悪い踊り手でも、とても格好よく見えることがあるんですよね。また、お通りで披露される芸能などには、シナやリキミ、クセが濃厚であるがゆえにかえって楽しいものもあります。
 まあ、好みの問題として「あの団体の動きは好きだけど、そっちの団体はそれほどでもない」というようなものは見る人それぞれにあると思うのですが、「こうでなければならない」と型にはめられるほどのものはあんまり無いんじゃないかなあと近頃は思ってます。つい型にはめてみたくなるんですけどね。

 by げんぞう
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by torira | 2008-03-27 21:04 | 芸能 | Comments(1)

Commented by 阿部 at 2008-03-30 19:15 x
おっしゃる通りでしょうね。型にはっまって考えると本来のそれぞれの芸能の特質を見失うかも知れませんね。民俗芸能は、何かしの信仰的メッセージを含んでいると思いますが、受けて手がその舞からそのメッセージを感じ取れるかどうかですね。そこに芸能の質が出てくるのではないかと思うのですが。

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