十三日町

 以前に、盛岡市の三戸町(現:中央通2丁目付近)について「盛岡周辺の剣舞の発生源となっている」「大念仏系の剣舞の祖となるものがこの地にあった」ということを書きました。すみません。これ、まちがいです。
 正確には、
「盛岡市のある大念仏系の剣舞(高江柄念仏剣舞)が所蔵する伝書には、『三戸町 金右衛門』の名が書かれた、大念仏についての記録がある」

ということになります。「大念仏」と「大念仏剣舞」はイコールではありませんので、「三戸町に剣舞があった」という書き方は不正確です。また、周辺の大念仏or大念仏剣舞の発生源というわけでもないようです。

 で、改めて。盛岡市の十三日町です。肴町アーケードの南側のどんづまりのあたり。ほれ、染勘の向かいよ。・・・といってもわけわからないでしょうから、地図をご参照ください。
f0147037_22525565.jpg この十三日町の地名と個人名が入った大念仏剣舞の伝書が盛岡周辺には複数あり、「万治二年(1659)」「寛文四年(1665)」といった年代が記されています。十三日町の住人が大念仏剣舞をおこなっており、またそれが盛岡周辺の大念仏剣舞の祖となったものの一つであることは間違いないようです。
 十三日町の付近は、藩政期には三戸町よりもはるかに都会なエリアだったと考えられます。剣舞というと農村部のものというイメージが強いのですが、こんなに都会でおこなわれており、そして発信源だったというところに意外性を感じます。

・・・ということを言いたかったんですが、ヘマしましたねえ。

 by げんぞう
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by torira | 2007-11-30 22:55 | 芸能 | Comments(0)

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