念仏剣舞を育てた里

10月16日、奥州市胆沢区南都田の公民館で行われた南下幅念仏剣舞の二百年を祝う
追善供養と巻物伝授式にお邪魔してきました。
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岩手の芸能で人気が高い鬼剣舞。南下幅念仏剣舞はその鬼剣舞の 源流と伝えられています。

仏教(密教)的な四方をあらわす四門=こちらでは「櫓(やぐら)」と呼ばれています=が「戌亥」の方角に立てられています(今回は都合上ちょっと角度が違うというアナウンスがありました)。四本の柱それぞれに東西南北をあらわす青白赤黒の布が巻かれ、中央の祭壇には黄色い布が。
先人供養の儀として、櫓をまわる「四方巡り」などが行われました。
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その後にお坊さんの読経と焼香があり、念仏剣舞が仏教に根ざした芸能であることをあらためて認識しました。

私は念仏剣舞が好きですが、正直言って演目構成については全然よくわかっていません。
詳しくは南下幅念仏剣舞保存会事務局の方が綴ってらっしゃるブログ「イマ、ココ、アシタ」や、県南の芸能を網羅する「祭の追っかけ」さんのブログを見て頂きたいと思います。

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「三方七巡り」を演じた「イマ、ココ、アシタ」の方には、次号の「とりら」で南下幅念仏剣舞を紹介して頂きます。まだ発行の見通しが立ちませんが(すみません!)お楽しみに。

雛子(保存会では「胴取り」というそうです)は最初、櫓の下にいますが、踊り手が動き出して大人の囃子が始まるにつれ、前に出て胴をめぐりながら打ちます。
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周囲で目に付いたのは、稲束を積み上げた見事な「ホニョ」です。そして立派なお屋敷の数々。
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今、剣舞供養塔は、明治時代にいちはやく耕地整理事業を行った地元の賢人、粟野善知翁の顕彰碑の敷地内に安置されています。
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先人の努力が南都田を豊かな穀倉地帯に保ってきました。長い剣舞継承の背景には、当事者の努力に加え、こうした地域の自治力と経済力があるのでしょう。
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ちょっとエッチな「カッカタ」をうら若い女性が踊ると聞くと驚きますが、堂々と演じてらっしゃって拍手。種を蒔く所作は神楽の「山の神」などでコメを蒔く場面に通じるかな、などと考えていました。
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八人で刀くぐり!
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そして近くには「角塚古墳」があります。日本の最北端に位置する古墳で、岩手県唯一の前方後円墳です。古くからの歴史を持つ地域なんですね。
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伝統がありながら後継者難に苦しんだ時期もありましたが、庭元さんはじめ関係者の努力により地域外の人や女性をメンバーに取り込み、新たな興隆期を迎えています。新しい庭元さん、太夫のみなさん、剣舞女子+1と子ども達の皆さん、これからも御活躍下さい!
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 by.事務局MA
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by torira | 2016-11-13 16:44 | 芸能 | Comments(0)

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