末崎町細浦、8年ぶりの熊野神社五年祭

大船渡市末崎町細浦の熊野神社式年大祭(五年祭)が10月31日に行われました。
前回は震災で中止になったため8年ぶりだそうです。
お祭りにいらした方から平組梯子虎舞の画像を送って頂きました。ご協力ありがとうございます。
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大船渡市郷土芸能協会のHPより、平組梯子虎舞の紹介。
今からおよそ七百数十年前、紀州の国弁樓郡より修験者山伏等主従が北上の際、当地方に勢力のあった蝦夷の首領太鬼丸を平定して住居を定め、紀州熊野権現社を勧請したものが現在の大船渡市末崎町小細浦鎮座の熊野神社であると伝えられています。
その修験者が持参した獅子頭を宝暦年間、将軍徳川家重の代に当地の某なにがしの彫刻師に頼んで獅子頭を作り直し、文政年間、将軍家斉の時代に技匠末崎町平の住人、東四郎屋留蔵・川口屋磯五郎の両名が舞振りを付けたのが「平組梯子虎舞」と言われています。

あれ?ルーツは熊野権現で、熊野の修験者が持参した「獅子頭」とありますが、どこで獅子から虎に変わったのかなあ?
お顔を見ても虎じゃないもんね。色が黒くて熊野系の権現様だもんね。
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紀州の漁民は漁業技術に長けていて早くから太平洋側の広い海域で活躍していました。三陸沖でも鰹漁や鰯漁を盛んにおこない、三陸の漁民にその技術をもたらしてくれました。
その副産物?として熊野信仰もこの一体に定着していったそうです。熊野神社は県内各地にありますが、沿岸部は藩を問わずほんとに多いです。


気仙管内に数団体の梯子虎舞がありますが、大船渡市郷土芸能協会のHPによれば、横梯子があるのはこの平組梯子虎舞のみだそうです。
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岩手日報の記事によれば、大船渡市末崎町は震災で42名が犠牲になり、五年祭に参加する9地域のうち7地域が津波で被災していますが全地域が今回の祭に参加したもようです。

もし今回も休んだら虎舞を始め祭のあれこれを後生に伝えきれなくなる、という危機感があったと聞きました。
文化、というと抽象的に響くかもしれませんが、祭は地域に暮らす人の心を暖める大事な重しなんだなと思う次第です。

<追記>
横梯子があるのはこの平組梯子虎舞のみ、と書いたら、「大船渡市日頃市の川内はしご虎舞でも横梯子を使っているんじゃないですか?」というコメントを頂きました。
大船渡市郷土芸能協会のHPには解説のない川内はしご虎舞ですが、とりあえず画像を貼りますので見て頂こうと思います。こちらは文字通り黄色い顔の虎ですね。
画像提供とご教示ありがとうございました。
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 by.事務局MA
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by torira | 2015-11-15 21:43 | 東日本大震災 | Comments(0)

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