大船渡町五年祭に行きました その2

お祭りは、新しくなった大船渡魚市場を御旅所として駐車場を会場に芸能公演が行われました。
f0147037_224217.jpg
真ん中のもにゃもにゃしてるところがお祭り広場です。輪が広すぎて踊りがよく見えん。
f0147037_2272578.jpg


裏手に回って海上渡御を見る事にしました。なんと御神輿をクレーンで吊ってお召し船に乗せているよ。
f0147037_20591566.jpg
漁業と工業の町、大船渡を象徴する光景かもしれません。船はフライ旗をひるがえして大船渡湾を回ります。
f0147037_2131169.jpg
今回は20隻だそうです。「たった20隻!」と地元の方が言ってましたが、今、県内で海上渡御で20隻も出るお祭りが他にあるのでしょうか?
f0147037_22542997.jpg

じつは前日、大船渡市立博物館で「よみがえる大船渡」展を見て来ました。東京藝術大学社会連携センターとの共催で17日まで開かれていたものです。

芸大の学生・卒業生有志が、大船渡を訪れ、描いたスケッチと映像が2本展示されていて、この映像が面白かった。
かつての大船渡を撮影したフィルム(60分)と、大船渡市民が撮影した8ミリフィルムを収集してつくられた記録映画「よみがえる大船渡」(30分)です。
素人の手になる何気ない映像なのに、なぜか飽きずに見入ってしまう。誰もが興味を持つ昔の結婚式や宴会の場面だけでなく、町民運動会でただ人が走ってるところや、カメラの持ち主が自分の子どもを撮ったものも面白いのです。不思議な魅力がありました。盛岡でも上映する機会があるといいな。
f0147037_22524436.jpg

その中に、魚市場の場面がありました。船が着いて、船倉から次々に魚がベルトコンベアに乗せられて荷揚げされていく。よくわかりませんがカツオのようでした。すごい量のカツオなのです。大漁、大漁、大大漁です。
f0147037_225295.jpg

確かにあれだとフライ旗を揚げて大漁唄い込みを歌いながら帰ってきたくなるよね。
今の漁業は取る漁業から育てる漁業が主になり、大船渡市もサンマこそ有名ですが他はホタテやカキやホヤやワカメなど養殖業がメインになっています。
f0147037_23164211.jpg

しかし「よみがえる大船渡」ともう1本を見て、大船渡が漁業の町だったんだということを改めて実感したのでした。
大漁になる→お金が入る→祭が大きくなり芸能が盛んになる、という歴史がここにあるわけです。
f0147037_21321537.jpg


2011年7月に撮った大船渡町の風景です。建物は水産加工場。この会社は震災後いちはやく復活をとげました。
f0147037_21301611.jpg

f0147037_2131353.jpg
同じ建物をバックに門付けする笹崎鹿踊りです。2015年5月3日撮影。資材は見えるけれども人家が見当たりません。

震災でこのおうちだけが残ったのを、直して住んでいらっしゃいます。亡くなったご家族のために鹿踊りを頼んで回向を上げてもらっているところです。

「以前は数日間にわたって門付けをしたものだが震災後は数が減って」、という鹿踊り関係者の方のぼやきを耳にしましたが、祭当日になると次々に依頼が飛び込んで来ました。五年祭は色んな顔を持っています。衣裳を脱いで乾杯するのは夜になりそうです。

震災後、鹿踊りへ鹿の角を贈る支援(ブログ記事はこちら)がきっかけとなり、その後も交流を続けて下さっている国立民族学博物館の方々がお祭りにいらしていました。
鹿角先生の奥様は料理教室を開く腕前。ご自分で商品開発された鹿カレーを頂きました。ゴマ風味の効いたひよこ豆入りのカレーです。おいしく頂きました。
f0147037_22205850.jpg

岩手でもニホンジカが急増中で問題になっているのですが、ジビエは当分食えんのです。
原発再稼働なんてもっての鹿です。

 by.事務局MA
[PR]

by torira | 2015-05-20 22:31 | 東日本大震災 | Comments(0)

<< 田瀬の芸能 大船渡町五年祭に行きました その1 >>