堀内の神楽巡行

前回の続きです。
堀内に来た目的のもう1つは、鵜鳥神楽でした。
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堀内の漁村センターは閉校した小学校の講堂を改築したもののようです。敷地には同じ形の小さな家が数軒ならんでいて、思いがけず津波の影響を目の当たりにしたのでした。
普代村も津波の常習地域です。
明治三陸津波(1896)では18メートルを越す津波におそわれて死者1000名以上を出し、昭和三陸津波(1933)でも6名の犠牲者と建物の被害がありました。

堀内は昔から鵜鳥神楽や黒森神楽が訪れる村でした。
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「陸中沿岸地方の廻り神楽 報告書」(宮古市・平成11年発行)には、延享三年(1747)に黒森神楽が堀内村へやってきた史実が上げられています。ずいぶん昔から行われていたんですねえ。

同書によれば鵜鳥神楽の記録が残るのは昭和30年からです。
昭和36年と37年は巡行を休んだらしい。前年35年5月にチリ地震津波があったためでしょうか。
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まず「清祓い」から始まります。
前に座った方たちが「震災のあと初めて来たねえ」と話をしています。今回は3年休んだことになりますか。
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それからお姫様が出て、大蛇退治になります。オロチの握手会、どうも反応が今イチみたいでお気の毒。

お客さんは3世代にわたっていらしている家族もあちこちにいて、目的はこれかも?
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惜しくも昨年お亡くなりになった深渡さんの最後の教え子たちが一生懸命「せつるぎ」を披露してくれました。
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若手が「榊葉」を舞います。「立ち返り」は難しい。(マネっこしてみたら腰痛がちょっと楽になりましたワタシ)

狂言「しゅうと礼」です。
お腹が大きくなった奥さんの実家を夫婦で初めてたずねるお話。
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お土産のお酒を観客一人ひとりに振る舞ってくれます。そのかたわら舞台ではムコ殿の少しアヤシイのど自慢が。

だんだん時計が気になってきます。
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三鉄に乗る時間が迫ってくる中、山の神が始まりました。かなりいい感じで舞っているから最後まで見たい!
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おさごを拾い集める子ども達。あ〜残念!ここで時間となりました。

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帰りの車中ではナモミと海女さんが三鉄名物「こたつ列車」のポスターでにっこり。「また来てね」と言ってるようです。

今日は3月11日です。
改めて東日本大震災でお亡くなりになった方々に追悼の気持ちをお送りします。
そして、神楽を受け入れてきた三陸の浦々に心豊かな暮らしが戻りますようにとお祈りいたします。

 by.事務局MA
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by torira | 2015-03-11 23:00 | 芸能 | Comments(0)

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