三ツ石神社にさんさの奉納

盛岡のさんさ踊りの由来に語られる三ツ石さん。
ここは、暴れん坊の鬼がこらしめを受けて「二度と来ません」と大きな石に確約の手形を残して退散した、それが不来方(こずかた)=盛岡の始まり、という伝説の場所ですね。
鬼が去ったので三ツ石のまわりで喜びの踊りをおどったのがさんさ踊りのはじまり、という由来がよく紹介されています。
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さる土曜日は三ツ石神社のお祭りでした。
ミスさんさの皆さんが、今年の盛岡さんさ踊りの成功のお礼に奉納に来ました。こういう行事も最近のことですが、おかげで前よりたくさんの方がいらしてますね。

その後に「清流」さんさの皆さんが奉納を。
三ツ石からちょっと離れた上太田地区の伝統さんさ団体で今まで「清流会」と名乗っておられましたが、どうやら「会」が取れたようです。今は地縁を越えてたくさんのメンバーがいらっしゃる団体です。
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今回は、韓国からいらした若い研究家の方々と一緒に見ていました。途中にはさまれた囃子舞を見て、「これも盆踊りなのですか?」という質問を受けました。そりゃそう思いますよね。
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小形信夫さんが調査し執筆した「盛岡さんさ踊り調査報告書」には、
「踊りの中入りに祝福芸の囃子舞を取り入れて踊るようになったのは、あまり古いことではなく明治になってからと思われる。(中略)囃子舞をさんさ踊りに取り入れた趣意は、町流し等によって寄付を受けたときに返礼として踊るためのものであった。」と書かれています。

さらに、
「盛岡さんさ踊りが近世調の民謡踊りとして芸能化する過程において、大念仏剣舞からの転化が行われたことを留意しておく必要がある。さんさ踊りの拍子や身につける花笠、五又は七色の吹き流し(腰帯)等衣裳の風流は念仏剣舞からのものである。また、さんさ踊りの家回り自体も同様で、道中太鼓を打って練り歩き、庭入り、退去の儀礼形式も念仏剣舞からの転化である。」とも書かれています。
退去の儀礼というのは、まずこんな部分でしょうか。
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帰る際に神社に一礼していきます。
腰帯にもご注目。先週見た韓国の農楽の衣裳でも似たような着付けをしていました。
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次に矢巾町の「遊佐会」の皆さんによる奉納がありました。一八さんは小学生かな?
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最後はざっくばらんな踊りの輪が生まれます。
以前はこの地区伝統の「三ツ石さんさ」を踊っていましたが、憶えている人も少なくなっていたので、現在では踊られなくなったのかな、この晩は統一さんさで踊りました。
そこはちょっと残念ですが、さんさ太鼓が叩ける小中学生が多いので盆踊りのお囃子には不自由しないのが盛岡地域のいいところ。
生演奏(笑)で盆踊りが踊れるって他から見たらけっこう贅沢らしいですよ。

ちなみに大念仏剣舞の衣裳はこんな。
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大ヶ生の高江柄念仏剣舞です。お盆にはお寺に行きます。
<お知らせ>
9月14日に、金山の里として知られる盛岡市大ヶ生で「萬寿坑まつり」が予定されています。盛岡の大念仏剣舞の一つであるこの剣舞をご覧になる絶好の機会です。
地元の伝統さんさ踊り「城内さんさ」も出演の予定ですので合わせてどうぞ。時間等は追ってご案内いたします。

盛岡の念仏剣舞について興味を持たれた方は、とりら7号(500円)で大念仏剣舞と高舘剣舞について取り上げていますのでどうぞお求めください。(盛岡さんさを取り上げた3号は完売しました)
メールアドレス= toriratorira@yahoo.co.jp

 by.事務局MA
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by torira | 2014-09-02 01:09 | 芸能 | Comments(0)

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