神楽が来る浜

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春3月。沿岸を行く黒森神楽と鵜鳥神楽の巡行もまもなく終わる頃になりました。
どちらの神楽にしても、震災の痛手は、神楽を迎える側である浜の神楽宿に大きく及びました。
手持ちの画像から沿岸各地の光景を北から拾ってみます。
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震災後まもなく撮影した普代村の普代漁港です。
防潮堤が機能して村の被害は小さかったというもののここにあったはずの建物がそっくり消えていました。
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それから約3年。
先日訪れた普代村で早採りワカメがお店に出ていました。あれはおいしい。

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鵜鳥神楽の深渡さんです。震災前の2009年、田野畑村島ノ越漁村センターへ神楽が舞い込んだときの。この建物も津波で失われました。

鵜鳥神楽は昨年、岩泉町の安家地区へも行きました。
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黒森神楽は今日あたり神上げだったでしょうか。
2011年のお正月、宮古市山口で行われた黒森神楽の舞初めです。まさかその2ヶ月後に浜が一変するとは夢にも思わず。。
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山田町船越半島には古くからの神楽宿があり、以前は黒森・鵜鳥どちらの神楽も訪れていました。
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船越の「小谷鳥口」バス停あたり。昨年秋の霞露ヶ岳神社のお祭りです。

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昨年2月に大槌町赤浜の旧赤浜小学校を訪れた鵜鳥神楽。

昨年1月、釜石市箱崎白浜で行われた奈奈子祭では深渡さんが榊葉を舞いました。
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神楽の中心的存在であり、普代村教育委員会次長でもあった深渡理隆さんが、先月2月14日突然のご病気で亡くなられました。
あまりにも急なことで、今もって信じられない気持ちです。
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神楽宿の被災に心を痛め、震災後はじめてとなる今年の南回り巡行をなんとしても成功させたいと張り切っておられたというのに。
震災後はお仕事も神楽もいっそう多忙になったので、そのご負担は大きかったと思います。
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村にとって、神楽にとってかけがえのない存在であり、むろんご家族にとってはいうまでもありません。皆様のお気持ちを想像するとつくづく残念でなりません。
心からご冥福をお祈りします。

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鵜鳥神楽の南回り巡業は、昔から最後は釜石市室浜と決まっていたそうです。2006年にその室浜へおじゃましたときの門打ちの1コマ。
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宿であるお宅の庭先から見えた春の海がきれいでした。今はどうなっているのでしょうか。

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震災のお見舞いにおじゃましたとき、普代村の職員として深渡さんからいただいた「普代村こんぶ饂飩」。普代の昆布が練り込まれたうす緑色のうどんはつるっとしてコシがあり、とてもおいしい&オススメです。
あさってで震災から3年です。

 by.事務局MA
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by torira | 2014-03-09 20:38 | 芸能 | Comments(0)

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