梅若をたずねて 2

梅若伝説はたいへん悲しいお話です。

貴人の息子、梅若丸が人さらいにさらわれ隅田川のほとりで亡くなってしまう。我が子を探して諸国を放浪してきた母が隅田川べりに来ると、住人達が梅若丸を供養するため大念仏会を行っている。母が嘆きつつ共に念仏を唱えていると一瞬子どもの幻が現れるがすぐにはかなく消えていく・・。
f0147037_0511467.jpg
梅若といえばまずは能の「隅田川」が挙げられるでしょう。室町時代の作です。

隅田川べり散策の目的の1つに、「すみだ郷土文化資料館」がありました。
ここで最近開館十周年記念特別展「隅田川文化の誕生 -梅若伝説と幻の町・隅田宿-」が企画され、図録が出ていましたのでそれを買おうと思っていたのです。
f0147037_05239.jpg


何年か前に永井の大念仏剣舞が奉納する場で、梅若伝説を由来に持つ大念仏系剣舞をたずねて来た方たちを見かけたことがありました。
彼らの仕事がこの図録にまとめられているに違いない、岩手と梅若に関わる芸能についての何か示唆が得らるのではという期待でした。

ところが!なんと「完売しました」と言われ、失望のあまりがっくり膝からくずおれる‥。
とりあえず本棚の図録をお借りし、資料館のコピー機を利用して関係ページをコピーコピーコピー。

これを読むと、近世の芸能の中で梅若伝説が独特の展開をしたことがわかりました。
江戸時代になると、近松門左衛門による「双生隅田川」が書かれ、それが歌舞伎の人気演目となり「隅田川物」としてたくさんの芝居が書かれたそうです。時代の好みに合わせ、お家騒動が付け加えられたりするなどかなり変化がありました。
f0147037_0533289.jpg
 木母寺にある梅若塚

すみだ郷土文化資料館の二階には「東京空襲の体験画」が常設展示されています。
東京空襲の体験者が自らの体験を描いた絵画が並んでいるのです。これがすごかった。
浅草一帯が火の海となった東京大空襲。隅田川べりに累々とかさなる死者たち。それらを体験された方々の深く重い気持ちが強い絵となって迫ってきます。
私は東京大空襲について何も知らなかったんだなーと初めて気づきました。

ブログokuderazekiで、サイト主の阿部さんがご自身の東京空襲について書いていらっしゃいます。
おととしの記事はこちら。隅田川べりにお住まいだったんですね。
東京大空襲の日は3月10日です。
この記事の日付けは2011年3月10日。そして翌日に東日本大震災が起きました。

天災はあらかじめ知る事ができませんが、戦争は避けることが出来るはずです。
隅田川べり木母寺の大念仏は、戦争の影響などを受けて廃絶したとさきの図録にありました。
なにをかいわんや・・。

向島を歩いていると靴工場がいくつもありました。ちょっとユニークな看板を発見。
f0147037_0501560.jpg


今回の散策で心残りだったのは、せっかく「向じま 志”満ん草餅」本店の前を通りながらその草餅を買わないでしまったこと。まぁ理由はあったんだけど、やっぱり1つくらいは買って食べてみれば良かった!
今頃になって猛然と後悔しています。

 by.事務局MA
[PR]

by torira | 2014-02-06 23:37 | 芸能 | Comments(0)

<< 大槌町郷土芸能祭 妄想ミンゾク芸能 >>