絵馬を奉納した人々

何度かご紹介した、山田町の山田八幡宮にあるブリの奉納絵馬
書かれている「相模米神」との関係を知りたいと思っています。

今回、地元紙と色々な方のご協力を得て、山田町の絵馬を奉納なさった方の御子孫と関係者の方にお会いすることができました。

「あれはウチの父と父の兄弟と知り合いの人たちが奉納したのです。皆で米神に働きに行ったそうで記念写真も残っています」というお話を伺いました。

撮らせて頂いた当時の写真がこれです。
真ん中に絵馬が写っています。背後の鳥居は山田八幡宮の鳥居だそうです。
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写真の裏面に「鰤漁奉納記念 米神漁業部 昭和拾六年鰤大漁記念写真」と書かれていました。

その頃は岩手県でも定置網でたくさんのブリを捕っていたようです。
なのになぜ神奈川へ?という問いに、「そちらの方が手当が良かったから」という納得のいくお答えを頂きました。
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奉納者額には、それぞれのお名前の前に「一金 五拾円也」と入っています。当時のお金としてはかなりまとまった金額でしょう。ブリの大漁がどれほどの福をもたらしてくれたのか、想像できそうです。
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また奉納日が「昭和十六年六月十九日」となっています。
絵馬のほうの日付けは「五月」。
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小田原市米神の米神八幡神社は5月15日が本来の祭日です。
絵馬はいったん米神八幡神社に奉納し、そのあと持ち帰ってあらためて6月に山田八幡宮へ奉納したと考えられそうです。

ブリ絵馬が奉納された昭和16年(1941年)の12月に太平洋戦争が始まりました。
昭和8年の三陸大津波からまだ8年しかたっていないときです。
2011年から8年後には何がどうなっているのでしょう。色々とかんがえさせられます。

 by.事務局MA
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by torira | 2013-02-04 01:11 | お役立ち情報 | Comments(0)

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