花綵(はなづな)の結び目

岩手の多彩な郷土芸能の中では注目度が高いとは言えない(失礼)田植踊りですが、でも私は田植踊りが好きです。

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先日の大船渡郷土芸能まつりの菅生田植踊もとても良かった。
県南の田植踊りには古風な魅力があります。
そして以前に見た、より古風な田植踊りを思い出してしまいます。

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2009年の北海道・東北ブロック民俗芸能大会に出演されたときの福島県南相馬市小高区村上の「村上の田植踊」。(以下の画像も含め同じ時の撮影)

「 踊り手は、『早乙女』と『弥八』が各10名前後、ほかに太鼓を打つ『中打』2名と囃子がつきます。昭和35年頃までは男子青年が行いましたが、現在は婦人会で継承しています。
 本県の田植踊で、弥八が『万祝(まいわい)』を着て踊るのは、ここだけです。」「第39回福島県民俗芸能大会」(平成6年10月)より

「万祝」と同様の衣裳が岩手では「カンバン」と呼ばれたりしていることが、「とりら」6号の「三陸町綾里における芸能と災害」に出てきます。

震災後あの南相馬市の「村上の田植踊」はどうなったのか‥。
2012年8月11日付福島民報によれば、津波でお亡くなりになった保存会長さんを含め、「保存会員39人のうち、12人が亡くなった。残った会員が久子さんらの遺志を継ぎ、田植踊の復活を目指して活動している。」とあります。
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その後10月20日に地元で復活公演が行われたという記事を見つけました。
「‥中島久尚会長(77)は『9月から市内の仮設住宅集会所で練習を重ねてきた。踊りは古里に戻れない住民をつなぐ希望だ』と語った。」ー福島民報よりー

「踊りは古里に戻れない住民をつなぐ希望だ」

ちなみに、村上の田植踊が伝承されてきた南相馬市小高区村上地区は、東京電力福島第一原発事故の避難区域内です。

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花笠にご注目。てっぺんにボタンの花。笠につけた花はあの花と同じ作り方です。
福島と岩手もやはりつながっているのです。

 by.事務局MA
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by torira | 2012-11-17 21:46 | 東日本大震災 | Comments(0)

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