矢巾町白沢の多賀神楽

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先日の矢巾町郷土芸能祭の会場には、今まで公になることのなかった矢巾町の多賀神楽に関する資料が展示されていてワクワクでした。矢巾町にお住まいで神楽の掘り起こしに熱心な方のご苦労の賜物でした。

 by.事務局MA

ー会場のしおりより転載ー
白沢神楽の由来
白沢には犾森(えぞもり)神楽と上白沢神楽の二集団があった。
犾森神楽には、白沢の屋号犾森家の五代目である佐々木又治郎が、文政(1818)の頃、大迫町(花巻市)早池峰山麓の神楽を伝承されたものとされているが、早池峰山麓の神楽にはそのような記録は残されておらず、佐々木家にも資料はなく詳細を知ることはできないが、山伏系の神楽であることは間違いないとされている。
 又、上白沢神楽は古書によると、盛岡南部家の社家原田隼人が伝えたものとされ、白沢の屋号中の口家の四代目藤原左吉が継承したもので、この縁により、もとは南部家の祭礼に招かれて演じたこともあるとの言い伝えもある。
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 藤原左吉が記した古文書「多賀神楽踊實記」(明治25年1月吉日)が残されており、当時、藤原左吉胴取により継承されていたことが伺えるが、詳細は不明である。
 「多賀神楽實記」後書きに「大正申九年1月吉日御明神村多賀神楽ニ永代手形ヲ記ス」とあり、御明神村字沼の中畑家によると昭和27年頃まで演じられていたと云い、現在も伝承古文書や獅子頭をはじめ太鼓や衣裳等が保存されている。
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 大正時代に入り両集団とも伝承が難しくなったことから、交流を深めながら継承に努めてきたが、大正九年頃には単独で継承していくことが困難となり、その後は名称を白沢神楽として継承している。
 従って、犾森神楽の山伏系神楽と上白沢神楽が継承してきた多賀神楽系の舞が融合した独特の舞が白沢神楽には秘められているのではないかと思考される。」
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by torira | 2012-02-04 21:04 | 芸能 | Comments(1)

Commented by もりさ at 2012-02-04 22:52 x
本当に、よく探し出したものです。感激しました。
橋本先生のお弟子さん、ですよね。

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