釜石まつり その1

民俗芸能を知ろうとするとき、多くの資料では芸能の由来や伝承がまず書かれ、神代の時代やイニシエのやんごとなき人々の時代の話に拘泥しがちです。でももっと身近な切り口で「芸能を知る」ことができるのではないでしょうか?

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毎年10月第三土日に行われる「釜石まつり」では、3社の「尾崎さま」が関係します。
メインとなるのは釜石市内の浜町にある尾崎神社ですが、ここは元々は綿津見神社であり、普段おられるのは漁業の神様である竜神様なのだそうです。そして尾崎神社としては閉伊頼基が祭神となります。対岸の尾崎神社が本宮で浜町は里宮という位置づけです。
秋祭り初日は、御輿を乗せる「お召し船」と年行司太神楽の関係者だけが乗る「神楽船」が、里宮から対岸の尾崎神社に神様をお迎えに行きます。
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本宮尾崎神社の奥にはさらに最初のお宮である奥の院があり、祭りではそこの湧き水を本宮の御魂移しの際にお供えします。ここまでで十分にややこしいので混乱してきますが、祭りに関わる人々には序の口の常識らしい。
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本宮=奥の宮の位置を示す散策地図

祭りの初日、午前中にお召し船と神楽船が出ます。対岸から神様を乗せて湾内を三周します。いわゆる「海上渡御」です。例年はその前後に虎舞などが乗ったお伴の船がたくさん出て賑やかに囃して行きます。カラフルな大漁旗をなびかせた船が湾内を埋めるのです。
それが名物の「曳舟まつり」。
へ〜、そういうことだったのか。でしょう?

今年は震災を受けて船が激減、曳舟は「お召し船」と「神楽船」の二艘にとどまりました。
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何があってもまずこの船を守れ、と昔から言われ今回も必死で津波から逃れた二艘でした。
船は定置網の船です。部外者には漁法の違いはわかりにくいのですが、定置網漁法で捕れるのは高級魚でエライのだそうです。エライ定置網の船は漁協の所有。祭りの主体も時代の流れによりかつての船頭組合から漁協に移ってきたそうです。

釜石まつりは初めてではありませんが、今回は宵宮祭の行われる14日から16日までずっと拝見しました。宵宮では今でも「おこもり」が行われています。社務所に何人かが泊まりこみ。「へ〜っ!」と驚いてしまいました。

この三日間、主に年行司太神楽(正式には「南部藩壽松院年行司支配太神楽」という長い名前です)の方々と錦町虎舞の方々にお世話になり、色んなことをたくさん教えて頂きました。
いろんな習慣や役割。芸能の仲間のつきあい方。
芸能へのアプローチとして、今そこにあるものを知りたいと思います。
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楽しくおこもり(天気祭りともいう)をする虎舞のみなさん

次号の「とりら」では、沿岸に住んでなんらかの形で芸能に関わっておられる皆さんに書いて頂く予定です。よろしくお願いします。

 by.事務局MA
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by torira | 2011-10-17 23:08 | おまつり | Comments(0)

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