現況報告11 山田町大浦と小谷鳥

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山田町は船越半島の中程に位置する大浦地区へ行ってきました。この前、盛岡さんさ踊りに大浦さんさの皆さんがいらしたことは前に書きました。
大神楽と虎舞とさんさ踊りがある大浦は、きっと豊かなところに違いないという予感はありましたが、階段状に建つ家々の黒光りする瓦屋根がそれを裏付けしてくれました。

船越半島の名峰、霞露ヶ岳(かろがたけ)は、漁をするときの目印であり、また住民の心のよりどころにもなっています。山をまつる霞露ヶ嶽神社のお祭りは3年に一度。神社むかいのお宮(たぶん御神輿を収蔵してる?)の境内には、安政とかそれよりずっと古い文化年間の年号を刻んだ石碑が並んでいました。古い土地柄なのです。

半島の南側の小谷鳥(こやどり)地区へも行ってみました。見渡す限り人跡が絶えてしまい集落の気配が残っていません。誰かが置いた大黒さんが「みんなどこへ行ったんかな」と言わんばかりに海を見つめていました。
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小谷鳥神社の脇には「卯子酉○○」と読める板碑があって、普代村の鵜鳥神社との関係が忍ばれます。宝暦の記録で大浦や小谷鳥(小屋鳥)に神楽宿があったことがわかっているのですが、詳しいことは不明とか。
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明治29年の三陸大津波の文献に大浦および小谷鳥の記録を見つけました。山奈宗真という、遠野の起業家が独自に調査したものです。「旧家は皆高い所に居る」とあったり、震災後の家を建てる土地をどうやって求めるかが問題になっているのを見ると、悩みは今回と同じだなと思われるのでした。

すべてが回復できるわけではない。受け入れがたいことですが事実です。小谷鳥地区の事はあまり知られていないかもしれないので書いておきます。
途中、夏の海に船を出す(引き揚げる?)光景に出会いホッとしました。

 by.事務局MA
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by torira | 2011-08-10 00:40 | 東日本大震災 | Comments(1)

Commented by abe at 2011-08-10 09:13 x
ご苦労様でした。貴重なレポート有り難う

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