素顔のままで

 「神楽の演目で『後半になると面をはずすもの』があるのはなんで?」という電話がきた…ということを紹介したところ、さっそく、りゅう様からレスいただきました。

 実はこの電話をいただいた際には、私もりゅう様が引用された文章とやや似たような説明をしたうえで、
「まあ、こういう話をきいたこともありますけど…すんません、よくわかりません」
と、こたえてしまいました。

 いや、ほんとによくわからないんです。
 たとえば
「面をつけてるときは神様」
というのは確かにもっともらしいんですけど、「なんでそう言えるの?」ときかれると・・・さて。「『面をつけているときは神様』という言い伝えがあるから、まあそうなんでしょう」と言いたいところなんですが、どの団体のどの人がそう言ってたかというと、どうもすぐに頭に浮かびません。解説書なんかではよく見かけるような気がするんですけど、現場の人はあんまりそういうこと言わないかも。

 さらに、「託宣や祈祷」をしてからクズシに入ると思いきや、「山の神」などの演目で“託宣の名残りと思われる場面”では、すでに面をはずしてますし…。
 じゃあほかの演目では?と考えてみると、そもそも託宣っぽい場面・神がかりの名残りみたいなものを感じさせる山伏神楽の演目が、「山の神」と「八幡舞」以外には思いうかびません。“神楽”と名乗っているのに。
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 一八さんがおっしゃるとおり「昔からそうなんです」とこたえればよかったのに、中途半端に考えてしまったばかりに、混乱してしまいました。
 というわけで、りゅう様、貴重なお話をどうもありがとうございました。さて、皆さんはどう感じられますか?

 by げんぞう

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by torira | 2009-08-27 20:45 | お役立ち情報 | Comments(4)

Commented by りゅう at 2009-08-27 22:12 x
なるほど。含蓄あるお話をありがとうございます。正直、情けない話ですが面をつけっぱなしでは呼吸困難になってるのではないか?とも思ってました。いやお恥ずかしいです。
Commented by 笛吹きオヤジ at 2009-08-27 22:38 x
ご無沙汰しております。
なんで?どうして?と外国の方がみたら確かにそういうことばかりですね。
師匠には権現様のある部屋?の敷居をまたぐさいとか、神楽殿に入るときは神の世界なので必ず礼をしなさい
と教わりましたが当たり前の事と思っていましたがクズシについては深く考えたことがありませんでした。
鬼剣舞の場合のクズシ(八人加護のクズシ)は面を外すことではなく、踊りの制約から解かれる意味で使われるようです。
Commented by 一八 at 2009-08-27 23:25 x
私見です。

民俗芸能には「陰陽、または光と影の世界」が存在し、影は果てしなく謎めいており、下手にバラそうとすると権現様のお怒りをいただきそう。
Commented by げんぞう at 2009-08-28 19:59 x
呼吸問題・・・。りゅう様、そのご指摘があんがい的を得てるのかもしれません。「身体表現は後半にいくほどハデになるもの。その際に面をとったほうがラクだからそうしてるのでは」といったコトなのかも。

笛吹きオヤジ さま、八人加護のクズシ・・・お目にかかる機会があまりありませんが、上演機会がありましたらぜひ教えてください。

一八さま、そんなわけで、『先護身法』を日々こころがけなければ・・・。

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