さてもみごとなおみずかな

 このところ、これまであまり接点のなかった盛岡のいくつかの芸能について調べる機会があります。この中で、印象的な点がいくつかあります。たとえば、
「近世初期から代々ひとつの家が受け継いでいるということが明らかなケースはほとんどない」
とか。あるいは
「芸能は平野にも山間部にもあるけど、鹿妻堰や越前堰などの水利・開田がもたらした富は、やっぱり無視できない」
など。
 さて、自分はこれまで「中世以来の家父長的な大経営が北東北の豊富な芸能の柱となっていたのではないか」と思っていた節がありました。しかし、上に挙げたような事柄をふまえると、「18世紀以降に北東北で芸能の数が増える背景として、『イエ(本百姓)とムラの成立』『村請制の浸透』などに目を向けないとなあ」と改めて考えさせられます。とりわけ水争いなどの具体的な問題の記録は、利害を共有する共同体の範囲を示すものとして、注目していきたいなあと感じています。
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 しかしまあ、人の水を奪おうとすると逆にこうやってやられちゃうんだよなあ。

 by げんぞう

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by torira | 2009-05-06 21:20 | お役立ち情報 | Comments(0)

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